ああ、寒い。
 まったくいきなり寒くなるものだから、衣替えもしていない。しかしまだ日差しは夏の名残を残している。久しぶりの休日。こんな日は。

「ジョンさーん」
正午少し前、以前彼から預かった合い鍵を使って彼の家を訪ねる。主人が在宅していればそんなこともしないのだが、どうやら主人はお仕事らしい。彼らの仕事、ヒーローは当たり前だけれど休日が不定期だ。なかなかふたりの休みが合わなくていっしょにいられる時間も少ない。以前はそれが嫌でもあったが、最近はそこまで苦にはならなくなった。
 家の中に入るやいなや、待っていてくれたのは彼の飼い犬。もふもふとしたこの大型犬は、いつ見ても、どことなく主人に似ている。
「ジョンさんお久しぶりー」
頭をわしゃわしゃと撫で、リビングへ向かう。迷うことなく窓際まで行き、すとんとそこへ座った。大きな窓の前、良い感じに陽の当たるそこは、ひなたぼっこをするにはうってつけだ。足を投げ出して鞄を後ろに避ける。ジョンは隣におとなしく座っている。ゆらゆら、と揺れるジョンのしっぽを見ながら、長閑だなあ、と思う。風を扱う彼のこと、わざわざ静かな郊外に家を構えたのだろうけれど。しかし、テレビを付ければ毎日のようにHERO TVの生放送をしているし、何よりも彼に休みが少ないことがほんとうは長閑ではない証拠である。それでもこうやってわたしやこの愛犬が静かに過ごせるというのは、つまり、
「わたしたち、守られてるのよね、すごく」
わしわし、隣にいる主人の寵愛を一身に受けたお犬様の頭を撫でる。彼とあまり長くいっしょにいられないのは少し寂しいけれど、そう考えるととても愛されてるように思える。わん、と、隣のおとなしい彼が珍しく一声鳴いた。
「さて、寝ますよ、ジョンさん」
ここに来た本来の目的、陽の当たる窓辺でジョンとお昼寝、を実行に移す。しかし床に寝ころんだところで彼はかつかつと爪の音をフローリングに響かせながらどこかへと歩いていった。残念、と思いながら目をつむる。木製の床はすでに太陽の光で暖められていて心地よい。暫くすると、かつかつ、とまたこちらに近づいてくる爪音がして、胸元にはもふもふとした肌触り。微睡んでいた目を開けると、そこには案の定、ジョンが戻ってきていた。伏せをした彼は器用にタオルケットを持ってきている。
「ありがとー」
彼からそれを受け取り、今度は隣で伏せて目をつむった栗色の毛並みにもそれをかけた。長い毛に指を絡ませて、軽く抱きつく。温かくて、目をつむると、その柔らかい毛質は主人のそれと似ている。
「しあわせだなー」
ぽつりともらした言葉は、ゆるやかに日差しの暖かい空気へと消えていった。

「ただいま」
自宅の鍵を開ける。いつも走り寄ってくる足音が今日はない。久しぶりに暗くなる前に帰ってきたが、もしかしたらジョンはこの時間にはいつも寝ているのかもしれない。そう考えつつリビングへ入ると、見慣れた寝姿とこちらを向いたジョンが床に転がっていた。尻尾は振っているがその場からは動こうとしない。近寄ればがジョンを抱きしめて眠っているために、彼は私を出迎えることもせず、吠えもしなかったらしい。彼はなんと律儀なのだろう、そして、羨ましい。
 彼女を起こさないように歩み寄る。せっかくもらった半日の休み。少しくらい贅沢しても許されるだろう。の隣に腰を下ろして、自分も同じように寝転がった。尻尾を振り、こちらを伺うジョンごと彼女を背中から抱き寄せて、目を瞑る。
「しあわせ、だな」
ぽつりと零れた言葉は、少し暑さを増した午後の空気に染みていく。

2011.09.22