「あー、疲れたぁ」
深夜に差し掛かる時間帯、やっと一息つけたが伸びをする。彼が自宅へ来ることをずっと以前からわかっていたというのに、今年のは年末の掃除にすら手をつけていなかった。それを、急に思い立って始めたのが今日の昼頃。もちろん彼が来る時間までに終わるはずもなく、つい今まで、居間に一人彼を待たせていたことは悪かったとは思っている。
「大晦日に急いで掃除するのが悪い」
そんなを呆れ顔でサスケは見ている。どうも彼自身は早々に、あの広い屋敷の掃除をすませていたらしい。
「だって休みがなかったんだもん」
「……お前、昨日休みだっただろ」
サスケは、予測していた彼女の言葉に、わざと大袈裟に溜息をついた。は、悪びれもせず、なんだ知っていたか、などと考えていることが丸わかりな表情をしている。
「昨日は寝たかったんです!」
「はいはい」
の適当な言い訳も、当たり前に適当に流されて、サスケが時計を見るので、彼女の視線もそれにつられる。針は十一時半を指していた。
「って、もう十一時半じゃん!」
「まぁ年越す前に掃除が終わっただけいいと思え」
まったくごもっともな意見に、は反論をすることなく、ぱち、っとテレビのスイッチをつけた。
「あ、紅白—っ! 危うく見忘れるところだったね」
掃除の間に冷えた身体を温めるように、炬燵の中へいそいそと入りながら、彼女はテレビに目を向ける。その様子を尻目に、サスケは台所へと向かった。勝手知ったる冷蔵庫の中をごそごそと探る。
「あれ、サスケなにしてるの?」
すでにぐだりと炬燵の中に身を沈めたは、首だけで彼を振り返った。
「蕎麦、食べないのか?」
「あ、いる! 食べます!」
その横着な様を、ついサスケは鼻で笑いはしたものの、蕎麦、という単語に目を輝かせた彼女に、不思議と頰が緩む。
「でも、私つくるよ」
欠伸をひとつ、伸びをして、彼女が炬燵布団を押しのけた。
「寝ぼけて怪我でもされたら困るから、お前は炬燵で待ってろ」
サスケは言葉だけは失礼なことを口走るが、その言葉に棘はない。身体を入れてしまった炬燵から離れるのも億劫になってしまって、つい、
「わかったー」
は間の抜けた返事をするにとどめてしまった。

11時55分
 間に合ったな、と思いながら蕎麦を二人分の器に盛って、ついでにお茶を入れ、お盆に乗せる。
「できたぞー」
彼女に声をかけながら、こと、とお盆を炬燵の上に置くが、珍しく返事がない。
?」
隣に腰を下ろしながら顔を覗くと、すー、と軽い寝息をたてて彼女は寝ていた。
「まったく」
自分も炬燵に入る。軽く体を揺さぶって呼びかけてみるが、いっこうに起きる気配はない。

11時56分
 今起こさなかったら明日愚痴られるだろうか。顔をのぞき込んで、また少し体を揺さぶって呼びかけてみたが、
「んー……」
と言っただけで、彼女はやはり起きる気配もない。熟睡したあとの彼女の寝起きの悪さを思い起こす。もうこのまま朝まで寝かせてやろうか。

11時57分
 ふふ、とつい苦笑が漏れたのは、一日俺を差し置いていながら、その上こんな短い時間で爆睡してやっぱり隣で俺を差し置いている彼女が、なんだか彼女らしすぎて可笑しく思えてしまったからだった。もし朝まで起きなかったらどうしようか。まあ、まず、蕎麦がのびる。そして朝、盛大に愚痴られるのだろう。どうして起こしてくれなかったの、と拗ねた顔が目に浮かぶ。それも悪くないな、と、思うのだ。
 テレビをザッピングしてみてもなにも見るものがない。適当に止めたところをつけておくことにした。

11時58分
 ……そういえば、こいつ、この番組が好きだったような。毎年欠かさず見ていたようだし、やはり起こしたがいいのだろうか。テレビのアイドルたちがきらびやかに歌を歌う。彼女を再度揺さぶって起こそうと試みる。
「……ん」
わずかに声をあげた彼女を覗き込んでみる。 「起きたか?」
「……んー、……やめてってばぁ……」
どうやらただの寝言だったようだ。どうせオチは、もう食べられない、という、ありきたりなものだろう。こいつは、そういうところがある。

11時59分
—」
半分諦めてはいたがどことなく諦めもつかず、再度起こしてみようと手をかけた身体は、少し汗ばんで湿気を帯びている。よく見ると、ずっと炬燵に入っていて暑いのか、うっすらと汗をかいていて、頬が赤い。新年早々風邪なんかひかないといいが。
 テレビではアイドル達がカウントダウンを始めている。

10、9、
起こすのは諦めて、ぼんやりと彼女を眺める。閉じられた瞼、長い睫。汗ばんだ肌。半開きの唇に、穏やかに安心しきった寝顔。
見慣れているはずで、しかし見せつけられるの健康さがなんとなくまぶしい。

8、7、6、
起きる気配がないのだ。少しくらい、構ってくれてもいいのではないだろうか。

5、4、
彼女の髪をそっとかきあげる。閉じられた瞼は開かない。

3、2、
寝息を立てる彼女の頬に、

1、
そっと唇を落とした。

A Happy New Year!

「あけましておめでとう、
きっと今、自分はみっともない表情をしているから、もう少し彼女には眠ったままでいてほしい。

2014.02.27