とんとん、と小気味の良い音が台所に響く。あとはこの具材を炒めるだけ、なのだけれど。
「、ん"ー、」
どうにも今日は身体が言うことを聞かない。先程まで横になって凌いでいた腹痛は、どうやら台所に立ったことによって悪化したようだ。ぐらぐら、と視界が揺れ出す。薬は飲んだし、あとは効いてくれるのを待つばかりなのに。彼が帰ってくるまであとそんなに時間もないし、それまでにきちんと夕食を出来上がらせてから出迎えたい。あと少し、あと少しで晩御飯の用意ができるから、とまた身体を騙しながら動く。野菜を切っていたために濡れていた手で、気休めに額をおさえた。それにしても食材の匂いというものは、こう気分が悪いときには毒だ。新しい空気を求めて息を吸っても、この刺激の強い匂いでは逆に気分を悪くするだけで。
 目の前が揺れる。誤魔化すのも限界か、一瞬目の前が暗転しかけてその場にしゃがみこんだ。変な汗で服が身体に張り付く。目を瞑って肩で息をした。これだけひどい貧血を起こしたのはいつぶりだろうか。うなりながらその場にうずくまる。
「えっ、ちょっとさん!」
澱んでいく意識を引きずり出したのは彼の声だった。しまった、今日は帰ってくるの早かったな。
「あ、おかえりバーナビー」
心配をかけさせまいと脚に力を込めさせる。しゃがみかけたバーナビーの動きを制止するように、ぐっと立ち上がった。のはいいのだけれど、ゆっくりと立ち上がったはずなのに、直立するよりも早くまた視界が暗転しかけた。ううう、と声が漏れる。
「おかえり、じゃないですよ。大丈夫ですか? 貧血でしょう」
「大丈夫大丈夫、よくあることだし」
よろけたところをバーナビーが即座に支えてくれる。けれど、結局へなへなと再び座り込まざるを得なくなって、彼もまた同じく床に膝をついた。
「薬は?」「飲んだけどまだ効いてないです」
まったく、と彼は眉根に皺をよせて溜め息をついた。その顔を見るといつも、綺麗な顔が勿体無いなあ、などと思う。
「この料理はあと、どうすればいいのですか」
鬱陶しそうにあたりを見回していたバーナビーが、唐突にそう尋ねた。
「えっと、それを炒めるだけです」
「そうですか。ほら、ソファにでも移動しますよ。……貴女は休んでいてください」
バーナビーの腕が肩にまわる。これはお言葉に甘えようと立ち上がろうとすれば、それよりも早く、彼の腕が身体を掬った。
「わあ。ごめんね、ありがとう」
「まったく、寝ていてくれた方がありがたい」
抱き上げられても顔すら合うことなく、眉間にしわを寄せながらそう言い放つ。やさしいんだか、そうじゃないんだか。素直じゃないなあ、と笑えばきっと怒られるので、黙ってその優しい体温に甘えることにした。

20110822

バーナビーはツンデレだと思います。