宗三左文字はいつでもそうだ。すぐ溜め息はつくし、気怠げだし、自分に自信があるんだかないんだかよくわからない発言をする。
 部隊に組み込めばお小言を言い、装備を持たせれば軽くあしらう。かと言ってやる気がないのかと言えばそうでもなく、たまに誉なんぞとってきてはつまらなそうな顔をする。
 何かを頼めば「僕は自分の刀より重いものは持てません」というのが常套句だ。
 どの男士にも平等に、差異のないように接するようにしてはいるけれども、どうにも彼だけは苦手だった。

 苦手、とは言ったものの、内番は当番制だし何より同じ屋根の下に住んでいるものだから、どうやったって会いはする。なんなら近侍だって当番制で、本日の近侍は宗三である。
 朝、いつもより気怠い身体を起こして近侍当番表を見た時の、気の重さと言ったら! どんよりした天気も相俟って、今日も一日がんばりますかあ、とは口だけは気力のあるようなことを呟いた。

 短時間で戻って来られる距離に行ってもらう遠征部隊を送り出してから、午前中の出陣を終え、昼食までの間にまず今日中に提出する書類仕事を始めるのがの日課である。どうにも身体が怠いな、と思いながらも、きっと天気のせいだろう、などと軽くあしらって文机に向かっていると、すっと執務室の障子が開いた。
「はかどっていますか」
と言って入ってきたのは宗三である。
「ぼちぼちですねえ」
と言葉を返すと、彼はのすぐ隣に座って書類にさらっと目を通した。
「ここ、不備では」
「うわ、ほんとだ、ありがとうございます」
「貴女は誰よりもそそっかしいですからね」
「まあ、すみません」
彼は口を開けばいつだってそんなようなことを言う。勿論、近侍の仕事として助かっている面もあるのだれども、「そそっかしい」を始めとして「まったくどうしようもない」だとか「貴女という人は~~~」だとか、言われ続けるのは慣れるものではない。挙げ句に言うのは必ず、溜め息がてらに「世話の焼ける人ですね」だ。「主」と呼ばれることも数えられる程しかなかった。私のこと嫌いならそう言ってくれたらまだ円満な関係が築けるような気もするのに、とは思うけれど、ほんとうに嫌われているのか、ただ無関心なだけなのかもいまいち掴めていない。
 それからも何回か同じやりとりを繰り返しているうちに、外では雨が降り出した。遠征部隊は帰ってきたらびしょ濡れだろうか、と思いつつ、そういえば昼から買い出しに行かなければならなかったことも思い出す。今日は早めにお風呂を沸かしておいたほうがよいだろう。書類の不備を直して行くたびに、頭が重くなっていく気がする。低気圧のせい、低気圧のせい、とやり過ごしながら、書類はそこそこにして昼食となった。

 近侍だからといって、一日中ずっと私のそばにいてもらわなくてもいいのであるが、今日の宗三はなにをするにも近くにいる。昼食をとって、遠征部隊のためにお湯の用意をして、執務室にまた戻って来るまで、彼はああだこうだ言いながら、しかし妙に適宜に手伝いながらついてくる。私が一方的に宗三を苦手だと思っているだけで、彼は(あれでも)自分に忠義を尽くしていてくれているのかもしれない、と思うと、なんだかとてもやりきれなくて、かなしくなった。もしそうであるなら、私だって、宗三を苦手だと思わずに、良好な関係を築きたいに決まっている。

 また少し書類を整えて、執務室で一息つく。重い頭は依然として重いままなので、これ以上悪化する前に外出を済ませておきたい。
「買い出しに行くので、手伝ってもらってもいいですか」
と宗三に声をかけると、何かを見透かすように細めた目がすいと私の顔を眺めた。しかしそれも束の間、何事もなかったかのように、
「僕は自分の刀より重いものは持てませんよ」
などといつもの小言が返ってくる。
雨の合間を縫って買い出しに出掛けると、なんだかんだ言いながらも、彼はから荷物を奪って歩いた。

 買い出しを終えた帰路は、また何時降り出すかもわからない空をしている。すこし急ぎ足で買い物を済ませたからか、どうにも息があがって仕方がない。ぼんやりしながら歩いていると、今まで黙っていた宗三が
「しかしさっきまで雨が降っていたからか、足場が悪いですね」
とふいに呟いた。その言葉にふと我に返る。足元に目をやって、水たまり、と思うと同時に、足元がもつれてふらり、との身体はバランスを崩した。
 おっと、と言って受け止めたのは当然隣に並んでいた宗三である。
「ごめんなさい、なんかひっかかっちゃったみたいで」
あははー、と気の抜けた声を出して宗三の身体に手をつく。また「そそっかしい」とか言われるやつだなこれは、などと思っていると、
「まったく」
と、案の定溜め息をつかれた。「すみません」と顔を上げると、宗三はいつもより大仰に眉間にしわを寄せた。腕を引っ張って体勢を戻される。
「ちょっとこれを持っていてください」
と言うや否や、買い出しの包みを差し出された。言われるがままに受け取ると、そのままふわりと身体が宙に浮く。
「な……! 」
「食事のときもあまり箸が進まないようでしたし、書類もいつもよりミスが多いし……。大方体調でも悪いのだろうとは思っていましたが、まさか自覚がなかったとは。貴女、熱がありますよ。自分でわかりませんか」
宙に浮いた身体は、宗三に横抱きにされているらしいと理解するのに数十秒かかった。咄嗟のことに対処しきれないのは、やはり彼が言うように熱があるからなのだろうか。
「貴女の方が人の身体を得て長いというのに」
「こ、こんな…! 歩けます、大丈夫です」
「もう少し肉をつけたらどうですか? 軽すぎます。こんなだから風邪に負けてしまうのですよ」
がじたばたと抵抗する間にも、何食わぬ顔で宗三は本丸への道を歩いていく。それでも、でも、だって、とがまとまらない言葉を発するので、
「ほら、捕まって。落としますよ、荷物と一緒に貴女も」
と一言言うと、ごめんなさい、ありがとうございます、という小さい声とともにはおとなしくなった。
「貴女は世話の焼ける、……どうしようもなく目の離せない人ですね」
と呟いた宗三の言葉は、自覚し出した体調不良に気を取られていたにはまったく聞こえていなかった。

いやよいやよもきのうち

2016.09.29