ベルが鳴る、祝福の鐘だ。純白の教会の壁に太陽の光が反射して、二人の純白の衣装をまた美しく輝かせた。主役の登場とともに大勢の歓喜の声がして、花弁が青空に舞う。
今日は本当に、天候に恵まれたと思う。昨日まであんなにもどんよりとした曇り空だったというのに。もしかしたら神が自らの持てる権限を使って晴れさせたのかもしれないけれど、それだとしても、空模様は二人を祝福するように晴れ渡っていた。
神父の後ろを白い鳩の群れが飛んでいく。それと同時に誓いを交わした二人はキスをした。周りからは、歓声や冷やかしが飛ぶ。耳を塞ぎたくなりながらも、は自分の声をその中に紛れ込ませた。
思えばわたしが小さい時からMZDは傍にいた。身近な存在、強いて言えば幼なじみのような。わたしが生まれる前にどれくらい彼が生きていたかなんて知らないけれど。それにしてもこんなに着飾った晴れ姿を見たのは初めてだ。きっと、隣で微笑んでいる彼女も、一生で一番良い笑顔をしているに違いない。彼女は、女のわたしから見ても、眩しく、美しかった。
一通り式が終わって、食事も一段落する。同じテーブルの人たちと軽く会話しながら、用意されていたアルコールを口に含む。さすがは神とでもいうべきであろうか、用意されたお酒は銘酒ばかりで、酒好きのわたしにとっては心底ありがたい。はずなのだが、どうしたことかこの席では、折角の銘酒も普通の酒と同じようにかそれ以下にしか、わたしの舌は感知してくれないらしかった。好きなはずの酒が美味しくないなんて、まったくらしくないと思う。周りが軽く酔っていくのを見ながら、そっと席を立った。
用もないのに化粧室に入り、手持ち無沙汰に崩れてもいない化粧を直す。それも一通りやり終わってから、ひとつ、溜息をついた。鏡のなかには無駄に着飾った自分の姿が映っている。何とも言えず滑稽で、惨めなように見える。やはり、何とか理由を付けて、来ない方がよかったのかもしれない。あんな幸せそうな彼の姿、見ない方がよかったのだ。見ない方が。そのうち、鏡を見るのすら嫌気が差して、また会場へ戻るために化粧室を出た。このまま抜け出して帰る、という選択肢を選べないことが、また一段と馬鹿らしい。
こつ、こつ、とゆっくりとヒールの音を響かせながら、会場までの長い廊下を歩く。腕を組み、目線は足下のタイルの上で歩いていたから、誰かがわたしを見ていたらとても変な人に思われただろう。幸い、誰ともすれ違いはしなかったのだが。しかし会場の入り口の一歩手前、予備の椅子の置いてある辺りに、人影がある。椅子に腰掛け天を仰いでいるのは、見間違えようもない純白のタキシードだ。まったく、似合っていないな……となんとなく自分に言い聞かせながら目の前を通り過ぎる。いま、わたしは彼に話しかけるべきではないのだ。会場のドアに手をかけると、後ろで少し身じろぐ音がした。
「!」
わたしの思いとは裏腹に、その男は遠慮容赦もなく声を掛けた。かけていた手を離し、ふりかえる。
「ああ、おめでとう、えむ」
「おうよ、ありがとうな」
口角を無理矢理上げて笑顔を作った。そうでもしないと笑顔が作れない自分がなんとも情けない。
「まったく、主役がこんなところで何をしているの?」
「お色直し中。ついでに少し酔いを冷ましにね」
「そう、たいへんね」
はそのいたずらな表情に素知らぬふりをして、MZDの言葉にだけ肩を竦めてみせた。
ああ、この人には結局、一回も手が届かなかった。ふっと動いたMZDの指先の、根元にある指輪を見ながらそう思う。ここから家に帰ったら、しばらくはこの人とは連絡を取らないでおこう。会いもせず、連絡も取らず、そうやって少しずつ接点を減らしていくのがいい。
ふー、っとMZDが息をつく音がする。離れてしまっていた意識を戻して、目の前の男に今つくれる最上級の、それでも違和感があるであろう笑顔を投げかけた。MZDに残す最後の印象は、笑顔の方が良い。この表情に何か違和感を覚えて、これから先も時々、自分のことを思い出してくれたら、そんないやしい考えがないとは思わない。
「彼女、泣かせないのよ」
言いながら彼と目を合わせる。
「あたりまえ」
にやっと笑って放たれたその言葉を聞いて、つかつかと彼の方へと歩み寄った。少しきょとんとしている彼の前までくると、いつもとは逆の身長差である彼の前で少し身を屈めて、軽い口づけをMZDの額に落とした。
驚いている彼と目があったから、また無理に笑顔を作って会場のドアの方へと踵を返す。ドアに手を掛けて、
「お幸せにね、神様」
何かを言いかけたMZDの言葉に被せるようにそう言って、返事も待たずにドアを閉めた。少しドアに凭れてから、ひとつ息をつく。
彼がここに戻ってきたら、こっそりと抜けて帰ろう。お開きになってふたりそろっての見送りを見るのも、二次会に呼ばれるのもやっぱりごめんだ。素直になれない自分を少しだけ悔やんだが、何もかも、今更という感じだった。帰りには携帯の電源を切って、コンビニでアイスを買って帰ろう。それを肴に今晩は一人酒だ。きっと、ここにある銘酒よりも美味しいに違いない。
ね、さようなら、神様。
2011.07.05
(額:祝福,友情)
今読むとなかなかえぐいなと思いますねこの話(2018.10.06)