こんな日にあいつは、姿を消したっけ。
真夜中のくせにネオンが明るくて星すら見えなかったこの街から、明かりが消えてしまった日。なにやらよく分からない大停電で街の灯りが消えてしまって、その日は星空がよく見えた。いま思えば、あの時、銃声のような音を聞いたような気もする。
その日もあいつのことを夜遅くまで待っていて、結局、日が昇ってもあいつは帰っては来なかった。まあいつかそんな日が来ることは薄々分かっていたので、特別驚きもせず、悲しみもしなかった。
あんなに愛していたのに、涙すら流さなかった。
昼間の気温と比べれば、夜間はまあまあ過ごしやすい。明かりの消えた街を見ながらベランダで一人、酒を煽った。
あいつと住んでいたマンションには、惰性で未だ住み続けている。もう戻ってくることはないと思ってはいるが、もしかしたら、とも、心の隅で思っているのかもしれない。
もう何年、そんな思いを抱き続けただろうか。
……明日になっていつもと同じ一日がまた始まれば、来月には引っ越すことにしよう。昔の写真は一枚だけ残して、他は全て捨ててしまおう。きっとこんなにも未練がましく思っているのはわたしの方だけなのだ。あいつはもう、誰か可愛い子でも連れているだろう。
温くなった酒をまた煽る。夜風が気持ちよく、酔って火照った身体を冷やす。
早く明日になってほしいような、そうではないような。
いつもより星の多い空を見上げて溜息をつく。
「死んでないかな、KK」
ああ今日は、
まったく今日は、あの日に似ている。
いつもの仕事場のあの騒がしい街が、闇に包まれた日。慣れた街のはずがその日の仕事には手間取って、それまでにはなかったほどの痛手を負った。相手の血と自分の血とで珍しく血だらけになったぼろぼろの身体を引きずって歩く。この無様な格好を晒さずにすんだことについては、その日の大停電に感謝できる程だ。あいつが家で待っていることは分かっていたが、何がそうさせたのかは分からない。もうあそこには戻ってはいけないような気がして、俺は家には帰らなかった。
あんなに愛していたはずだったのに、俺はあいつに別れも告げなかった。
いよいよ昼も暑ければ、夜も汗をかかずに仕事はできないような気温になってきた。暗闇の街の中で気を引き締める。前のような失敗は許されない。今日は返り血も、勿論、自身の傷も御免だ。
あの場所にあいつはまだ住んでいるのだろうか。もう戻るつもりはないというのは虚勢にすぎず、おそらく自分はあの場所に戻りたがっている。……この仕事が終わって、傷も返り血もなければ、戻ってみるのもいいかもしれない。
もう何年、あいつに会っていないだろうか。
忘れるのを拒んでいた俺でさえ、日に日に声も表情も霞がかって不透明になっていっているのだから、あいつはもう俺のことなど覚えていないかもしれない。俺よりもいい男と幸せに暮らしているかもしれない。
準備が整う。期は満ちた。夜風は生温く、こんな街の裏路地に吹くにはお似合いだ。
さあ、成功するか、失敗するか。
ビルの隙間から見える切り取られた星空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
「うまく生きているだろうか、」
ああ今日は、
やけに星が綺麗
2011.07.06