あの爆発を見たときは心臓が止まるかと思った。
彼らが人質を助け出し、これでやっと一安心かと思った束の間、大きな爆発とともに放映していた番組が大事をとって即座にCMに移行した。現場に居合わせない私は、彼らがその爆発に巻き込まれたのではないかと気が気ではない。
「いて」
「はい、虎徹さんはこれで終わり!」
「ありがとうよーちゃん」
虎徹さんの大きな手のひらが頭を撫でる。この手のひらにこんなにも安心したのは初めてだ。使い残りの包帯を巻き取りながら今度はバーナビーに振り向いた。
「次はバーナビーさん」
手に持っていた包帯を湿布に持ち直す。彼らが着ているヒーロースーツは爆発の熱には堪えられたものの、至近距離の爆風の衝撃には耐えられなかったようで、虎徹のそれは右足の脛の部分が、バーナビーのそれは左の肩から肘にかけての部分が少し破損していた。そのため虎徹は脚に軽い火傷を負い、バーナビーは腕を破損したスーツで打撲している。
「いいですよ僕は。大した怪我ではありませんから」
「いやいや。小さい怪我も侮ってはいけませんよ」
虎徹がこそこそと耳打ちしなければ、私はずっと彼の怪我には気づかなかっただろう。実際彼はずっとジャケットを着ていて、手当をするはずの私すらその怪我を未だ見ていない。
「……じゃあ、お願いします」
虎徹との視線に耐えかねてか、バーナビーはひとつ溜め息をついてから虎徹と席を変わった。バーナビーがジャケットを脱ぐ。普段は目にすることのできない彼の腕が露わになった。筋肉質で、しかし細い彼の白い腕には紫色の痣が出来ている。湿布を持った手が少し震える。いつになっても、いくつになっても、好意を寄せている人に触れるのには慣れないものだな、と苦笑した。失礼しまーす、と我知らず小さく呟くとそれを見ていた虎徹はふっと鼻で笑う。バーナビーはじっとの動向を見ていた。その視線にもまたどぎまぎしながら湿布を貼り、包帯を巻く。包帯を留め終わって顔をあげると視線がかち合った。頬に血がのぼるのと同時に、ふつふつと悪戯心が湧き上がってくる。決定的な意気地はないくせに、こういう余計なことばかりはすぐに思い浮かぶ自分の浅はかさは称賛に値するところがある。
数秒思案したあと、両手を添えた彼の二の腕に柔らかく唇をつけた。
「よし!」
そう言ったにバーナビーは不可解そうに目を向ける。
「おまじないですよ。早く治るといいですね」
勿論、そんなまじないなどない。一部始終を見せつけられた虎徹はにやにやとした表情を隠しもしていない。ふふふ、とが笑みをこぼすと、
「いいねえバニーちゃんは」
とだけ言って虎徹はひらひらと手を振って部屋を出て行った。それを見送ってからいそいそと片付けを始める。やってしまったのはいいが、恥ずかしくて碌に顔を合わせられない。
「まったく、あんな無茶、あんまりしないでくださいよ」
羞恥心で震えそうな声を抑え、色々と問いただされる前には言葉を発した。ぱたん、と救急箱を閉じる。不審気に向けられた目線には敢えて応えない。それにしても、いくらヒーロースーツが丈夫だからとは言え、あれではほんとうに、
「心臓が止まるかと思いました」
救急箱を片付けながら聞かせるつもりもなく小さく呟いた。バーナビーの双眸が眼鏡の奥で細まったのは、顔を見ようとしないにわかるはずもなく、
「もうあんな無茶はしません」
彼女はその言葉だけを背中で聞いた。
「さん」
救急箱を片づけてしまったからには彼の方に向き直らなければならない。返事する声を吃らせながら振り向く。
「そんなに恥ずかしがるならしなければいいのに」
俯いている彼女の顔が赤く染まっていることは、髪をかけられた耳でわかる。くつくつ、と、彼が喉の奥で笑った。ヒーローTVの視聴者は知らないだろう、意地の悪そうな笑い方で。
「そ、う、ですね」
そこまで言われてしまってはまた目線があげづらい。
「さん」
もう一度彼の声が名前を呼ぶ。その足はすぐ側まで歩んできて、の黒いパンプスと対峙している。
「はい」
顔を上げようと試みるも目線は胸元で止まる。彼が既にいつものジャケットを着込んでいるのはわかった。また足元に戻りかけた目線の先でバーナビーの手が徐に動く。目が自然とそれを追っていくと、その右手はだんだんと近づいてきての頬をぷに、とつまんだ。
「顔、真っ赤ですよ」
「……なっ! だからってつままなくても」
ふにふに、とバーナビーの指が頬をつまむので、恥ずかしいのも忘れて顔をあげる。
「いたずらの仕返しです。手当て、ありがとうございます」
「……! ばれてたんですか」
ばつの悪そうなの様子にまたバーナビーは喉の奥で笑って頬から手を離した。
「他人の好意には敏感なんです」
くつくつ、と笑いながら、当たり前のことのようにそう言葉を続ける彼に、は敵わないな、と思わざるを得なかった。
2011.08.20
(腕:恋慕)
斉藤さんのヒーロースーツがそんなに脆いわけがない、というツッコミはスルーの方向で