走る。午前6時30分
 必死に走って今朝も1本早い電車に乗る。家を出る前にテレビで見た星座占いの結果は一位。今日は良いことがあるかもしれない。

学校について。午前7時
 校門をくぐると右手に見える体育館をちらりと窺い見ると、今日もちょうど朝練を始める前の先輩が見えた。ひとめ、見えればそれで良い。教室に入って、いつもの如く、始業まで眠る。たったそれだけのために、朝早く登校しているけれど、たったそれだけのことが、いつでも私を元気付ける。

今日は水曜日。午前10時45分
 次の授業は体育。何気ないように装いながら、友達と体育館へ。……ほら、今すれ違った。水曜日、前の時限、先輩たちが体育だったのは、いつだったかに気づいた。こんなことを覚えてしまっている自分がちょっと気持ち悪い気もするけれど、水曜日の密かな楽しみ。

昼ご飯を早めに食べ終わる。午後1時
 今日も今日とて、図書室に。ここからがいちばん、体育館がよく見える。毎日こうやって図書室に来るわたしを、友達は呆れ顔で送り出してくれる。持ってきた文庫本を開きながら横目で窓の外を見やると、ふと顔をあげた先輩がこちらを向いた。一気に顔に血が集まって、動悸が耳に聞こえる。一瞬にして目を逸らしてしまった。……星座占い一位も伊達じゃないかもしれない。読書の続きなんて、できるはずがない。

欠伸をかみ殺して。午後5時15分
 また図書室に来た。もうそろそろバスケ部は部活が始まる頃か。今度は窓の外は見ない。黄色い声をした可愛い女の子たちが体育館の周りにたくさんいるのを知っているから。私も同じ穴の狢なのだけれど、ああやって近くに行ってきゃあきゃあ言ってしまえるほどの度胸がない。あと45分したら帰ろう。そう思いつつ本に目を落とす。

足が痛い。腕も痺れている。
 はっ、と顔をあげると、窓の外はもう陽が落ちていた。体育館の周りのギャラリーもいなくなってしまったらしい。しかし人気はあまりないものの、体育館の電気は変わらずについている。
午後、7時30分。そろそろ帰ろう。

 靴を履いて校門に向かう。ぱちん、と小さな音がして、左手の体育館の電気が消えた。まだ頭が目を覚ましていない所為か、ぼんやりとその様子を眺める。しばらくすると、中から出てきた人と目があった。それはまぎれもなく、バスケ部監督兼部長、朝から目で追っている藤真先輩その人だ。にこり、と微笑まれて会釈を返すとともに、見惚れる。ああ、なんて、綺麗な人なのだろう。顔見知り程度のくせに、恋に落ちるくらいには、容姿も中身も、素敵な人だ。ぼんやりした頭にはっと気づいて意識を戻すと、目の前に先輩がいる。改めて、背が高い。
「今から帰るの?」
覗きこまれた瞳は、色素が薄くて、透き通った茶色で、綺麗だ。
「えっと、はい」
「ひとり?」
「ええ、まあ」
一気にそこまで聞くと、藤真先輩はふっと笑みをこぼした。
「もう暗いし、夜道を女の子ひとりじゃ危ないから」
なんて、悩殺スマイル。頬に熱が集まってくるのがわかる。
「いっしょに帰ろうか」

ああ、神様!
(わたしは今日一日で一生分の運を使いきった気がします)

「あ、あの、わたし、……先輩のことが、す」
「好きだよ。そういうのは、男の方から言わせてよね」
ゆっくり帰った、家の少し手前。午後8時30分
 もう一生、わたしはツキから見放されたかもしれない。

2011.11.18

そんなに早く部活が終わるはずがないとか自主練がとかはスルーの方向で