「悪趣味なんじゃねえの」
開口一番に彼は言った。
「支給品なんですよ。これでも他のお客様には喜ばれましたが」
は声色を営業用に変えもせずに言い放つ。この男にそんな声は必要ないと思わされたのはいつだったか。部屋の入り口で出迎えたいつもの作業服のこの男は、いつも通りの格好でない私に眉根を寄せている。なんとなくその纏う雰囲気が、いつもよりも険しいような感じがする。
彼は無言で先にベッドに腰掛け、の服装を点検するかのように目の前に彼女を立たせた。
「こんな安っぽい格好好むやつが未だにいるんだな」
やはりどことなく険を孕んだ声をしている。
「結構好評だったんですけどねえ」
このKKという客はいつだって読めない男ではあったが、今日はより一層よくわからない。
の腰あたりに手を添えて、くるりと一回転させる。
その動きに、フリル多めのミニスカートがふわりと風をはらんだ。
「量産型アイドル、みたいだな」
「それは……否めませんが」
全体的に布量の多い、白と薄桃色で構成された露出の多い衣服は、確かにどこかのアイドルの衣装のようで、そして、安っぽかった。
「だいたいこれだって、ストッキングすら履いてねえくせに」
KKは、ぺしんとその太ももの、フリルの多いリングを引っ張ってはじく。言わずもがな、それは一切の機能を伴っていないガーターリングで、つまりは客を扇情するための装飾である。ちなみにそれと似たリングが、チョーカー代わりの首もとと、カフス代わりに手首を装飾している。
「良くご存知で。お望みならばストッキングも履きますが?」
「いや、いい」
「……ほんとうに、お好みではありませんでしたか」
あまりの即答ぶりと、その声の冷たさに、は驚いた。返す言葉も珍しく小声になってしまう。他の客に通用するようなことがこの男に通じないことは、十数回の逢瀬でわかっていたはずではあったのに、いざ冷たい声を向けられると気が塞いでしまうのはどうしてだろう。……他の客みたいに欲情してもらえないのが悲しいと思ってしまうのは、どうしてだろう。今日も、この人に抱いてもらえない、と、落胆してしまったのは、どうしてだろう。自分は、どんな客も平等に対応する、女郎であるはずなのに。
「……まったく、今日も添い寝だけですか」
ふう、と一息を吐いて、出た言葉には自分でも驚いた。今までそんなこと口に出したことすらなかったのに。KKは目線をの太もものそれからじっとりと顔まであげていく。怪訝そうに、けれど鋭く、見つめあったのちにKKに手を引かれた。誘われるままに近づいて、そしてベッドへ。ここに来る客のどれよりもやさしくゆったりとした動作だったとは思う。微塵の荒々しさもなく押し倒されたかと思えば、彼は彼女の足下へと顔を寄せた。
「俺は、お前が望むなら、」
KKはそう言いながらの脛へと唇を寄せる。されるがままのは上体を起こすこともなく持ち上げられた自らの脚を見た。
「お前が望むならここから請け出してもいいと思ってる」
口先ばかりでそんなことを言う人はいくらも見てきたのに、やはり彼に言われると動揺してしまう。
「たわごとは、っ!」
次に続く言葉がわかっていたかのように、その瞬間にKKはそのまま脛に歯を立てた。
「お前が望むなら、」
ぼそぼそと低い声はの脚に暖かい吐息をあてながら動いていく。KKの唇は脚を這い上がり、スカートをまくり上げて、とうとうその太ももの装飾まで辿り着いた。それを唇で食んで、の太ももから引き摺り下ろす。ひっかかる足首をやさしく伸ばして爪先からそれを抜く。
「いつだってを抱いてやる」
至近距離で、目を合わせて。はいたたまれなくなって目をそらす。
「ウリモノに本気になるのはよしてください」
「ホシイモノに本気になってなにが悪い」
KKはにまたがったまま、今度は両の手首の装飾を外す。続いて首元に手を伸ばして、そこにある同じものをも外した。そのやわらかな、しかしまるで枷のような装飾物をすべてベッドから床へ落とす。その一部始終をはぼんやりと眺めていた。再び顔を彼女の方へ向けたKKは、彼女の返事を待つように動きを止める。さあどうする、あとはお前が決めるだけだ、とでも言うような声が、聞こえてきそうな気がする。
にはもう何も考えられる余地がなかった。KKの言っていることがもしも嘘だったら。もしももてあそばれているのだとしたら。一時の気の迷いだとしたら。考えるべきことが津波のように押し寄せてきて、それなのに、自らの感情がそれらをすべて押し返してしまう。もうずっと欲を相手に商売をしているはずのこのわたしが。男女の些細な機微を知り尽くしたと思っていたこのわたしが。色情なんて商売道具だと思っていたこのわたしが。
こんなにも安易に恋に落ちてしまうなんて。
もしもその言葉がほんとうで、彼がわたしを請け出してくれるとしたら。
「……あなたの、好きなようにしてください」
にはもう、その言葉しか言う術がなかった。
2014.09.13
(脛:服従)
misattribution of arousal
なんでうちのKKさんは遊郭通いみたいなことしてるんだろう……