ふと、ひそかな物音に目が覚める。薄いカーテンの向こうは曇っているのか仄暗く、しかし陽が既に地平線には昇っているような気配が室内に入り込む。かたかた、とする音は動いたり止まったりしながら、また音を立てれば衣擦れが滑る。すべらかなその音は私の眠るソファの頭上付近から聞こえ、私にはそれの正体がなんなのか、目を閉じていても悟ることが出来る。
 もそり、と動いて彼を見れば私の動く気配に彼が手を止めた。
「まだ寝てていいのに」
「神楽さんこそ、眠ってないのでは?」
彼の手元にはデザインボードに鉛筆。彼の視線の先には、先ほどまで手をかけていたはずの新作がトルソーに着せられたままになっている。夜中過ぎるまでああでもないこうでもないとやりながらなんとなく完成近くまで持っていきはしたものの、彼はその出来にまだ納得していないようだった。
「なにかするなら手伝いましょうか」
「あとでたっぷりやってもらうから今はいい」
滑る鉛筆は止まらない。彼の視線もそのトルソーから離されず、ちらりとこちらを見ただけに終わった。私の足先にはそろそろと朝陽が差し込んでいるけれど、(私がソファを独占してしまったから)彼が座る床はまだ夜の気配が残る。
「……近くへ行ってもいいですか」
彼はしばらく何も言わない。間柄としては、近寄る許可など取らなくていいのかもしれない。けれど真剣に仕事に向き合っている彼に近寄ることが、正しい行為ではないとわかっていた。なにより、彼の邪魔になるのは不本意だ。ただ、眠気の残る頭が、床は冷たくて、寒そうだなと思ったのだ。私にいつの間にかかけられていた、この毛布があれば、もう少し快適に仕事ができそうな気がする、と、ただそれだけのことだ。
「……好きにすれば」
彼の声にはため息が混ざる。私は朝陽に背を向けて彼の近くへ寄った。毛布を彼に差し出す。彼は無言でそれを受け取る。彼がそれを膝にかけるのを見届けてから少し離れたところへ座れば、やはりそこはひんやりと衣服越しでもわかるほど冷たい。彼の使う鉛筆のささやかな音を聴きながら立てた膝に頰を乗せた。トルソーに着せられているものの脚元が大胆に切り替えられたデザインが、さらさらと流れては消えていく。夜更けに引き戻るような音に目を閉じれば、中途半端に起きただけの身体はすぐに眠気に襲われた。
「……それじゃあきみが冷えるじゃん」
うつらうつら、と舟を漕ぐところへふとかけられた声はただ静かだ。目を開けば、近寄れと手招きされる。
「邪魔になりそうだったから」「俺の集中力侮らないでくれる」
毛布をあげて入れと促されれば私に断る理由はなく、その隙間へと滑り込む。彼に触れた肌は暖かく、ほんの少しの間に自分の身体が冷えていたことを思い知らされる。
「こんな冷えてるのによく眠れるね」「こんなあったかいのによく起きてられましたね」「元はきみの体温でしょ」
手を止めない彼が淡々と私に言葉を投げる。分かたれる体温に眠気が催されても、ぽつりぽつりと続く会話がそれを簡単にかき消していく。流麗な線が迷いもなく紙の上を滑るのを目で追えば、いつの間にか窓の外が白み始めていた。毛布に包まれた足元に薄い光が差して、私たちにももうすぐに朝が来る。

2018.01.20