加州清光は私の初期刀だ。流されるままなんとなく審神者になった私は、なんの知識もないままあの日こんのすけと契約を交わした。初めの一振りは差し上げます、さあお選びください、などというので差し出された刀帳をぱらぱらとめくって、なんとなく目についた爪紅の綺麗な人を選んだ。それが加州清光である。
 加州清光は餓えた刀だと思う。人の身体をのさばる大きな欲に餓えている、というのではなくて、ただ自分をうまく扱ってもらうための、おそらく刀としての欲に餓えている。可愛がってほしい。愛してほしい。使ってほしい。側に置いてほしい。彼は言葉の節々にそのような感情を浮き上がらせているのに、しかしだからといって私が特別に何かをしなくても何も言わなかった。私が初日にこんのすけにそそのかされていくらか鍛刀をして人数を増やし、なにもわからぬままに出陣させて怪我を負わせてしまって帰ってきて、その各々をまったく同じ態度で手当したところで、彼は当たり前にそこにいた。それは初日だけではなく、何人男士たちが増えたところで変わらない。私は当たり前に同じように全員に接し、そして加州は当たり前に同じような態度をして必ず私の隣にいた。たまに怪我をして帰ってくると「こんなにぼろぼろじゃ愛されっこないよな」などと言うのに、その彼の態度には微塵の焦りも見えない。言葉の重さと彼の態度の落ち着き様の差が、私には最初から不思議でたまらなかった。そうであるから私は、
「加州は私に愛してほしいの?」
といつでも聞く。
「もちろん」
と彼はいつでも答える。彼はそれを答える時、ただ柔らかく笑うだけだった。確かに私は酷い仕打ちはしないのだろうけれど、しかし決して加州清光を特別可愛がっているわけでもないはずだ。彼の節々に現れる感情は強いものなのに、彼は決して必死には見せなかった。

 男士たちも増えてきて本丸も安定し出すと、私は加州清光を近侍から外した。彼だけでなく様々な男士たちに私の仕事を手伝ってもらいたかったし、近侍は必然私といる時間が長い。男士たちとの距離を埋めるにはうってつけの立ち位置である。いつまでも加州だけを側に置く訳にもいかない、と考えていた。勿論、というべきか、それを伝えても加州は何も言わない。ただ「わかった」と一言言っただけである。あまりにも、あまりにもあっさりとしているので、私は神様はわからないものだ、としか言いようがない。ただなんとなく、彼のそれまでの「愛されたい」などという言葉が嘘の様に思えてきて、ほんの少しそれが悲しかった。

 その日の最後の出陣から帰ってくると、加州は最近にしては珍しく軽傷を負っていた。その他の顔ぶれはかすり傷程度である。みな大丈夫だと言うのでとりあえず先に風呂にやって、彼の手入は就寝前の空いた時間に行うことにした。私は軽傷だろうがすぐに手入したかったのに、当の本人が簡単にそう言うので従わざるを得ない。みなで揃って夕食を食べたときの、加州の剥がれた爪紅が横目にとても気になる。

 夜も更けた頃になって、やっと加州は私の私室の次の間に姿を現した。軽く着た浴衣からのぞく肌に傷が見える。手入部屋まで行こうと促しても「ここでいい」などと言うので、とても簡易的に彼の傷を癒した。それを終えると「ねえ爪紅、塗ってよ」と彼が懐から筆を持ち出す。それを頼まれるのは初めてではない。
 私の身体で影にならないように彼の隣に並んで手をとる。洋灯の橙色の光が彼の細く白い指を照らして、赤い爪紅はもっと暗色に見える。少し低めのしかし温度のある体温が手から伝わってきて、不思議な心持ちがしながら筆を滑らせた。加州の手は白魚のような手、というにはいささか骨張った手である。確かに痩躯できっと骨の細い身体つきなのだろう、という感じではあるけれど、彼の手はまぎれもなく武人の手であった。爪の際を赤く埋めながら、私は彼に問う。
「珍しいですね、怪我。最近では」
「ちょっと隙をつかれちゃった」
「はやく手入させてくれたらよかったのに」
ちらりと顔を伺うと、彼は私が爪紅を塗るのを見据えている。彼の顔はゆるやかに、落ち着き払った笑みを浮かべている。軽傷だったこともあるのかもしれないが、あれだけ身なりにこだわって、ぼろぼろじゃ愛されっこない、などと言う加州がこんな夜更けまで自らの傷を放っておいて、その上焦る様子もないことが私にはわからなかった。彼は私の言葉に「たまにはね」と答えただけである。あれだけいつも愛してほしいと言うのに、と考えたところで、彼はいつでも明確に言葉に出して「俺を愛して」とは言わなかったことに気がついた。「愛されっこない」や「愛されてるのかなあ」とは言葉に出すし、私の問いかけにも肯定はするものの、明確に私に要求はしていないのだ。もしかすると、別に私自身は求められていなかったのかもなあ、などとぼんやりと気づいてしまうとやはり悲しくなってきて、
「加州は、別に私に愛してほしくないのね」
という言葉が口をついて出ていた。自らの発した言葉にはっとするや否や、爪紅を乾かす為に添えていただけの手をぎゅうと握り込まれる。握り込まれる、というよりは、握りつぶされる、と言った方が正確だったかもしれない。その力の強さに驚いて顔を上げたのも束の間、気づくと彼は私の上に馬乗りになっていた。私の手からはたりと筆が落ちて転がる。「……っ、加州」起き上がろうと少し身じろぎをすると、彼の右手が素早く私の首を抑えた。窒息する程押さえ込まれている訳ではない。けれどまるで縫い止めるように私の喉元を加州の手が覆った。そのままじりじりと彼の整った顔が近づく。「加州清光」もう一度呼びかける。洋灯に照らされる、唇を噛み締めたその歪んだ顔はあまりにも悲痛だった。
「だって、だって、私じゃなくたっていいのでしょう」
混乱して絞り出した私の声も震えていたと思う。殺気こそ見せないものの、整った顔が歪む迫力と、今までまったく真意の見えなかった人に急所を押さえつけられている状況は恐ろしかった。突然のことに浅く息を吐きながら声を出すと、その言葉を聞いた途端に加州は右手の力を入れた。
「聞きたくない」
と低い声が這う。私は気道が押さえつけられて呼吸すらできない。もう少しで意識が落ちるだろう、という予感のするところで彼の手は力を抜いた。力の抜かれた途端に吸い込んだ酸素の多さに大きく胸が上下する。粗い息の整わぬ間に、加州は私の頬を掴むとそのまま口付けた。めまぐるしく変わっていく展開に驚いて目を見開く。間近に見える彼の瞳に、揺れる獰猛な光が映っている。部下と、神様と接吻をしているという状況に頭が追いつくと、すぐさま脳が警鐘を鳴らした。じたばたと身体をよじらせて抵抗するものの、流石と言うべきか彼の身体はびくりともしない。そのうち煩わしくなったのか、唇を合わせたままもう一度彼の手が私の首を押さえつけた。酸素を求めた唇が開く。その瞬間に手の力は弱まって、代わりに彼の舌がぬるりと口内に滑り込んでくる。
「か、しゅう、やめ」
舌が絡まる。唇を食まれる。しんとした室内にただ唾液の密やかな音だけが耳についた。何度か抵抗を試みたものの、その度に加州の手が限界まで私の首を押さえるので、だんだんと酸欠とともに意識が朦朧としてきた。瞼が自然と閉じる。

「ひあっ」
ふっと意識が戻った時には加州の舌が私の胸元を這っていた。先ほどよりも暗い室内に加州の赤い目がきらめいている。抵抗しようと腕に力を込めると背中に布の感覚が滑るので、私室の布団の上に移動したものだと悟った。
 生温い感覚が胸をなぞる。右胸を彼の手がやわやわと揉んでいた。着ていた寝間着はいつのまにか脱がされている。下着までは取りさらわれていないものの、あとは寝るだけだし、といってキャミソールしか着ていなかった上半身は心許ない。加州の手がそれを押し上げて私の胸を晒している。
「ひっ……、なんで、やめ、かしゅう」
両腕で彼の肩を押してもびくともしなかった。ばたつかせる脚は彼の身体が押さえ込む。その間にも加州は行為を続けた。ちゅっちゅっと音をたてながら胸元に吸い付く。快楽を知らないわけではなかった身体がだんだんと勝手に熱を持っていくのがわかる。いけない。これ以上はいけない。
「やめて、ねえ」
と何度目かわからない拒絶の言葉を紡ぐと、ふと顔をあげた加州がまたも私の首元に手を伸ばした。首元に手が触れる。ひゅっ、と無意識に息をのむ。その手が私を簡単に殺すこともできるということを、身を以て思い知っている。それはただ、怖い、という一言に尽きた。
 しかし加州は手を添えただけで力を入れることはしなかった。首を手で覆っておきながら、咽頭の凹凸を親指でなぞっている。力を入れる気配がないことがわかると、は、と息を吐くと同時に一筋頬に涙が下るのがわかった。
 恐怖で涙が下る。しかしそれだけではなくて、ここに来た時から同じ時間を過ごしていた人に裏切られたような気がして悲しかった。その上あれだけ私を求められていたような気がしたのに、そうではなかったかもしれないと気がついてしまったことは、酷く私を残酷な気持ちに突き落とした。私は気づかないうちに、加州のことを、私の方が求めていたのかもしれない。
「泣かないでよ」
首元の手はそのままに加州はそう言って身を起こす。顔が近寄ったかと思うと、目尻に口付けて涙をぺろりと舐めた。私は何も言えないままに、涙があふれてくるのを自覚する。
「あーあ」
私の涙に濡れた唇が、泣きたいのは俺の方なのに、と呟く。どうして、と紡ごうとした途端にきゅっと加州の指が乳首をつまんだ。
「ひゃっ」
意識の外にあった官能が呼び戻される。それは自分でも情けない声が出たものだとわかった。
「……主は可愛いね」
と唐突なことを加州は言って、親指の撫でていた咽頭を噛む。

 抵抗することをやめた私から、彼はついに下着すらもはぎ取った。一切服を乱さない加州の前に、一糸もまとわない私の身体が晒される。加州はそれを身体を起こしてまじまじと見て、そしてそのまままた行為が再開された。形を確かめるように、ゆるやかに胸が揉まれる。今迄密着していた身体が空気に晒されて冷えるような気がするのに、それは何時の間にか熱を持っている。いたずらに乳首を指ではじかれると、あ、と声が出た。拒否する言葉を失った私の喉からは、ただ意味のない音だけが漏れる。その動きが乳首を爪先で弄ぶように変わると、単音でしか出なかった声は次第に連続するようになった。
「ふ、あ……あっ、あ」
一切が、加州に見下ろされながら行われる。私が綺麗に塗り直した赤い爪が、私の快楽を呼び起こす為に動く。ただじっと見詰められ続けるそれと同じ色の瞳に耐えきれなくなって、私はすぐに顔を背けて目を閉じた。しばらく乳首を蹂躙すると、彼の指は下の方へ伸びた。臍を撫で腹を伝って濡れているのであろうそこを触った時、やっぱりこのまま、なんだかよくわからずに彼の感情を乱したままに、抱かれてしまうのだなと頭のどこかによぎる。
 加州の指が割れ目をぬるぬると上下する。ただそれだけを延々と繰り返しそうな動きに、火照った身体はもっと明確な刺激を求めている。なんとなく私の脚の力が緩んだところをめざとく見つけ、加州は脚をぐいと開かせた。その間に身を滑り込ませて閉じられないようにする。ただ中には入れずに触っていただけの指がぐっと陰核を撫でた。
「うあっ」
急に与えられた刺激に眉間に皺が寄る。肩を震わせて敷布を掴む。それからはただ執拗に、加州の指はそこだけを刺激した。自らの蜜で濡らされた指はとても滑りがよく快感を生む。硬くなっているだろうそこをぐりぐりと撫で付けられると腰が浮いた。
「ひっ、あ、あぅ、っ」
指が行き来するたびに押し殺しようもない声が溢れる。たまに蜜壺に指を這わせて濡れさせておきながら、彼の指はあくまでも陰核を捏ねた。ぞわぞわと腰から快感がせり上がってきて、背筋を駆け上りまた足の爪先にまで行き届く。力の入った内腿が彼の細い体躯を挟んだ。ふと、彼はどんな顔をしているだろうと思う。きっとこの私の痴態をすべて眺めているはずだ。光に呑み込まれそうな意識に少しだけ抵抗して目を開けると、加州の赤い瞳と目があった。確かに笑っているのに、今にも泣き出しそうな目をしている。
「かしゅ……、はう、ぁ、か、しゅう」
粗い呼吸の間に彼の名を呼んで手を伸ばす。せめて彼の手を握りたかったのに、それを拒むかのような容赦ない責め立てに私は意識を飛ばした。

「…………っ! まって! ひっ、っ!」
それも束の間のことで、彼の手は止まらない。びくびくと身体が絶頂に痙攣しているのも構わずに陰核を撫で続ける。あああ、と半ば叫ぶような声が喉を通って目尻に生理的な涙が浮かぶ。行き過ぎた快感から逃れようと身をよじっても、身体を押さえつけられて触られ続けた。
「かしゅう! かしゅう! もう、もうむり……!」
頭を振り乱しても、彼の手を掴もうとも動きは止まらない。こんな大声を出して誰かに聞かれたら、と頭の片隅にちらつくものの、もう自分の意思ではどうしようもできなかった。何度も、何度も絶頂を刻み付けられる。指で弄ばれるだけでこうであるのに、この先の行為で私はどうなってしまうだろう。
「おねが……っ、ぅあああ、ごめ、ん、なさい、ゆるし、て、加州っ」
ごめんなさい、ゆるして、加州、と何度も繰り返す。何に対して謝っているのか自分でもわからなかったけれど、いや、や、だめ、といったような言葉を投げつけるよりはいいような気がした。「うああああ」と一際大きく、まるで獣のようになかされると、やっと解放された。
「あ……は、ぅ」
ただ呼吸を整えようとしているだけなのに声が漏れる。じんじんと熱く陰核がうずき、そこはべとべとに濡れていることが尻のほうに下った体液のせいでわかった。熱を持ちすぎた身体は知らない間に大量の汗をかいている。それなのに息を整える間も与えずに、彼の指は割れ目を滑って中に侵入した。
「ぅあっ!」
侵入してくる異物感は結局そのまま快感に変わる。ゆるやかに出し入れされるだけの指がいつのまにか増やされると、そこからはぐちゅぐちゅと音がなった。過ぎた快感を止める為に掴んだ加州の手をまたしても握り込む。勿論そこには彼の手を止めるだけの力はなくて、最早行為を促しているかのようにも思えた。ぐにぐにと加州の指が膣壁を押しながら動く。
「うう、ぁ、っ」
加州はただじっと何かを探るように、泣き出しそうな目はそのままに私を見詰めていた。与えられる快楽を享受するしかない私の身体は、その目の意味するところを考えることができない。ただよくわからないままにこういうことになって気持ちよさだけを与え続けられることが、喜ぶべきことのようにも思えるし、しかし悲しいような心持ちもした。彼は私を求めているのだろうか? それとも壊したいほど憎んでいる? 泣き出しそうでしかし涙をこぼさない加州の代わりに、私の目からはばらばらと涙がこぼれ落ちる。
 中を探っていた加州の指がそこを掠めた時、私の身体はびくりと大きく揺れた。ひっ、と息をのむ。それを見て取った彼は自らの体勢を固定して、私の尻を少し浮かせた。ぐちりぐちりと執拗にそこを攻め始めた指に、先ほどよりも深い快感に飲みこまれる。
「ふっ、あああ、っ、あ、あ」
指がそこを押さえるたびに身体が揺れる。内腿から爪先にかけてぐっと力が入ってその快感を逃そうとするものの、容赦なく責め立てられればただ追いつめられるしかなかった。
「ここ、きもちいい?」
静かに低い声で尋ねられる。
「きもちい、ぅ、あ、かしゅう、はっ」
「そう」
気持ちいいかと尋ねれば、そう答えるよりほかはない。きもちいい、きもちいい、と呼吸に飲まれながらそう伝える。与えられ続ける快楽はもはや暴力のように全身を襲っていた。静かに、しかし容赦のない指は段々と快楽の波を大きくしていく。
「あっ、あ、かしゅうっ、きもち! い、ぅ、っ!」
頭の中が真っ白く飛びかけ、もうすぐにでもなにもわからなくなってしまいそうになる。
「ぅあ、もう、もうやめっ! やっ、かしゅう!」
ふっと、そこで彼の指が止まった。あれだけ執拗だった指がいとも簡単に引き抜かれる。達する直前まで攻められたのにその最上の快楽を与えられなかった身体はひくひくと痙攣しながら熱を逃がすことができない。
「ぅ、え、なん、で」
加州はべとべとの自らの指を動かしながらちょっと眺めた後に、
「ねえ、主」
と呼びかけた。「ほしい?」それが何を意味するかなど、主語がなくたってわかる。再びくちゃり、と一本だけ入れられた指に私は自分の中が収縮して欲していることを思い知らされた。たったこれだけでは足りない。ほしい。「ほしい」加州の指が本数は増やさずに、またそこをゆるやかに押し始める。しかしただじっとりと押すだけであるので、もどかしくてたまらない私は、無意識のうちに自ら腰を揺らしていた。
「じゃあさ」
と加州はゆるやかに、決定的な快楽を与えるつもりはないらしい。はっ、はっ、と粗い息づかいで加州の言葉や行動を待つ私は、まるで野生のようだ。
「主が、俺を欲してよ」
きゅんきゅんと欲する私をよそに、するりとまた指が引き抜かれる。そのべたべたの手を私の方に差し出して、彼は私を引っぱり起こした。ぬるりと、握った手に粘液が滑る。そのまま彼の膝の上に座らされた。「ね、わかるでしょ?」と耳元に低く吹き込まれれば、快楽に浸け犯された私はこくりとうなずくしかなかった。
 彼に口づけていいのか、私にはわからない。だからとりあえず彼の首に抱きついて、首筋に口付けながら帯を解く。彼の着ている寝間着に乳首が擦れるたびに、私は小さく息を詰めた。加州が、私に欲情してくれているのかどうか、自信などなかった。どうしてこんなことになっているかなども、もうあまり深く考えられない。私は、ただ、加州がほしい。ほんとうは他ならぬ私自身が、彼に求められたかったのだと今更気づいた。着物をするりと滑らせて肩から落とすと、先ほど私が癒した身体は傷一つなくすべらかだ。しなやかな鍛えられた肉体が暗い視界に仄白く浮かび上がって、美しいなと思った。彼は私の挙動を妨げることなく、惜しげもなく裸体を晒す。唇や手指をすべらせながら彼の肉体をくすぐる。半起ちのそこに手を添えるとわずかに彼の身体が動いた。身体を密着させながら手だけで探っているので目視したわけではないけれども、私に反応してくれていることは確かなようだったのでそれが嬉しい。少し力を入れながら上下に動かすと、手の中でそれは質量を増して行った。滲んできた先走りの液体を指に絡めながら親指で裏筋をなぞると、くっ、と上から密やかな声が漏れた。唇を寄せていた胸元がしっとりと汗ばんできている。彼の手が私の肩に添えられたので顔を上げると、眉根を寄せた目と目があった。少しだけ余裕を失った欲の滲んだ目は、しかしまだ泣き出しそうなことには変わりがない。その表情に胸が締め付けられる。
「ごめんなさい」
と一言だけ言った。彼に抱かれることが嬉しいと気づいたのに、そのような表情をさせてしまっていることは悲しかった。彼を取り扱っていた手の動きが止まる。加州が私を見下ろしながらまったく動かないのをいいことに、片腕で彼の首元に抱きついて触れるだけの口づけをした。呼吸の触れる距離で顔を見合わせる。少し驚いた目を見詰めながら私は体勢を立て直す。手で切先を確認しながら私の入口にそれを押し当てた。彼の目がしばたく間にぐっと体重をかける。あ、と私の声が漏れるのと、加州が息をのんだのは同時だった。散々慣らされた私の中は、難なく彼を受け容れる。「主」と声がかかるので、また「ごめんなさい」と今度は快感の為にとぎれとぎれに言った。すべてを押し入れて足の力を抜くと、体重のためかもう少し深くまで入り込んだ。ああっ、と声が出る。今度こそ両腕を加州の首に巻き付けて抱きついた。密着する身体がそれぞれに呼吸して動いている。ぎゅう、と自らの中が締まるのがわかって、それのせいで彼のものの形がよく感じられた。ぐらぐらと腰を揺らすと、先ほど直前で止められた快感が戻ってくる。
「かしゅう、かしゅう」
浅ましく自分の欲を彼に押し付けている。加州に「俺を愛してほしい」と言われて、欲されたかったのは私だったのだ。よくわからないまま乱暴にこんなことになったのに、それに気づいてしまった私は自ら腰を振っている。次第に大きくなる腰の揺れに、私はただごめんなさいと呟きながら喘ぐしかなかった。

 ぎゅう、と加州が私に腕を回して身動きが取れなくなった。「主」ともう一度呼びかけられる。「ごめん。ごめんなさい」とそれに彼が続ける。彼も幾分かは呼吸が粗い。
「俺は主に愛してもらいたかっただけなのに」
ぐいっと身体を離されて、顔を覗き込まれる。綺麗な爪紅の指が私の頬をなぞって目尻を拭ったので、やっと自分が再び泣いていたことに気づいた。両頬を手で包まれる。強制的に合わせられた視線の先の加州は、涙を流してはいないものの泣いている目をしていた。「いつもみたいに」と言う。
「いつもみたいに、俺を求めてよ」
加州は見たことのないほどにぼろぼろだと思った。身体を癒し爪紅も塗り直し、私と情を交わす加州は色っぽいし格好良い。見目には傷なんて一つもない。だけれども彼は雨の中に傷だらけで打ち捨てられたかのようだった。
「加州は」私にはこの言葉のことを意味しているのか少し疑問が残ったけれど、私が彼を求めていたような言葉はきっとこれしかないと思う。
「加州は、私に、愛してほしいの?」
私に、という言葉が自然強くなった。他でもない私に、愛してもらいたいというのはほんとうですか?
「愛して。側において。捨てないでほしい、あるじ、主に愛してほしい」
いつもの通りの一言で帰ってこなかった返答は、他のいつにも見えなかった焦燥が滲んでいる。濡れたような赤い瞳がぼやけるように揺れている。
 ぐちり、と腰を動かした。自分で動かしたのに、息を詰めたのは加州と同じである。「加州もそうやって、私を欲して」と呟いた時には、彼の唇はすぐそこにあった。目を閉じるとまもなく、唇が重なる。触れるだけだったそれが次第に深くなって、ざらついた舌が絡まる。食まれる唇に気を取られていると、ぐっと下から彼が押し上げた。
「んんんっ」
背筋を電流が走る。反射で目を見開くと、やわらかく笑みを浮かべている目と目があった。ぐちゃぐちゃという水音が下から聞こえるのか、それとも合わせた唇から漏れているのかわからない。腰を掴まれて揺らされると、自ら動いていた時よりも確かに気持ちのいいところを刺激された。呑み下しきれなかった唾液が口の端からこぼれる。抑えきれない声がくぐもった口内で頭に響いた。
「ん、ふっ、っ、あ、あ」
首元に回した腕や、内腿など全身に力が入る。確かな質量が私を貫いて、快楽に飛んでしまいそうになる。ぎゅうぎゅうと中が締め付けて痙攣し出したのがわかると、同時に彼のものも質量を増したことが感じられた。余裕のなくなった唇が離される。突き上げられると同時に出る声が抑えられない。
「あ、っ! ひっ、っ、か、しゅ、もうっ」
がくがくと、自分でも止められない程下品に腰が揺れている。
「俺も、そろそろ、っ」
加州がそう言うと突き上げが一層激しくなった。彼にしがみついて快感を逃そうとする。
「あ、あ、っあ、ああっ!」
ぐっと陰茎が押し入れられると、今までのどれよりも強い快感が身体を襲った。しかし一瞬手放しかけた意識がまた刺激に呼び戻される。
「! ひっ、あああ、っ!」
「っ、ごめん、もうちょっと、きもちよくなってて」
のけぞらせた背中から力が抜けない。いつのまにか加州の肩を握り込んでいた手が、爪を立てそうな程になっているのが視界の端で見えた。突き上げられるたびに壮絶な快感が体中を走る。生理的な涙がぼろぼろと頬を下って胸元に落ちて行くけれど、ぐだぐだに汗ばんだ身体では涙も汗も区別がつかなかった。拷問のように快楽に襲われたのも束の間、はっ、と加州が息をのむ音がしてそれは終わりを迎えた。じんわりと、中に精液を出されているのが感じられる。加州が数度ゆるやかに腰を打ち付けて、そのたびにぐちゃりとまた音がした。
 吸えていなかったように感じられる酸素を一気に吸い込む。ぐだり、と力の抜けた身体を彼に預けた。体温の上がった身体を密着させるのは暑いけれど、加州は私を抱きしめる。彼の身体が呼吸で大きく上下している。
「主は、俺に愛してほしいの」
と唐突に上から声が降ってきた。私は力の抜けた気怠い身体を離して加州をちょっと見上げる。汗ばんで密着した肌がはがれる密かな音が聞こえる。
「愛してくれるのなら」
と小声で答えるのは、こんなことになっておきながら今更、本当に今更、恥ずかしさとともに、神様に恋をした烏滸がましさがこみ上げてきたからだった。ちょっと視線を外した私を誘導するように、頬に手が添えられる。
「もちろん」
と言って合わされた瞳は、今までのいつよりも、複雑に深い赤色をしていた。

2016.10.17

主のほんの少しの言葉遣いで、加州は自分が愛されているのをあたりまえに感じ取っていたんじゃないかなと。