「ふうっ、あっ」
は閉じた瞼を震わせた。最小限に衣服を乱し、ベッドの上で脚を広げる。自分を高めるように控えめに声を出しながら指を動かしていく。
 傾きかけた太陽の橙色の光が窓から差し込み、の身体を照らす様はまるでその行為を咎めるようで、それでもの指は止まることをしなかった。自分で自分の感じる部分を責めていく。何回も体勢を変えながら緩急をつけて。瞼の裏では久しく触れていない彼の、最中の様子を思い浮かべながら。細くしなやかな体躯に力強い腕、繊細でそれでも男らしい指に、普段ではありえないような意地悪な言動。その全てがを扇情するには十分すぎていて。
「いっ、やっああ」
閉じた瞼の裏での彼との行為がを高みへ導く。卑猥な水音を響かせながら身体を捩った。もう少し、もう少し、
「んー、っ」
目尻に涙が溜まる。身体は痙攣して高みに近づいているのに。指を引き抜く。それは濡れて太陽光に反射しているのに。 身体はどうにも熱を持て余したままで。今日もまた達せなかった。こんな虚しい行為を繰り返したのは何回目だろうか。達しもできない身体は熱を持て余すばかりで、自分で行為を繰り返すたびに身体は疼いていく。手の甲で瞼を抑えてゆっくりとは起き上がった。自ら乱した衣服を整える。
 最近、会える時間がとても減った。自分が会いに行ってしまえば彼は無理をしてでも時間をつくってくれるのだろうけれど、この頃ヒーロー業を頑張りだした彼に無理はさせたくない。疲れて帰ってきたところをまた疲れさせるなんて、そんな真似はしたくなかった。けれども、自分で解決するには限界がある。毎回この様子じゃあ、の若い身体は持ちこたえそうもない。
 ぽすん、ともう一度背中からベッドに落ちる。薄暗くなった部屋の中、は自分の下腹部を手で撫でた。その摩擦で乾いてしまった粘液がぱらぱらと指から剥がれる。手をかざしてみて、ああ自分がほしいのはこれじゃない、と思った。もっと長くて綺麗で繊細で、それでも節くれだっていて彼の意志を持った指。綺麗に揃えられた爪にそれから、それから。普段より低くなる声と、熱い息遣いと、熱をもった彼自身のあの質量……と、そこまで考えて、いきなり鳴った玄関のチャイムの音で我に帰った。はーい、と返事をしつつ手を洗い、手櫛で髪を整えて鏡で容姿をチェック。スカートの裾を少し直してから戸を開けた。
「どなたさま……」
言いながら見上げた顔は見慣れていて、そして、いま一番会いたかった人で。金糸のような眉が少し申しわけなさそうに下がっていた。
「あ、イワンくん」
「ごめんね、急に。やっと時間がとれたから」
「そっ、か」
久しぶりの彼の姿が嬉しい反面、先程まで不埒なことを考えていた所為かなにか気恥ずかしくて目が合わせられない。キーチェーンを外して彼を部屋に招き入れる。無言で手を引いたにイワンは少し不安を募らせた。
「あの、やっぱいきなり来て迷惑だった?」
「いや、あの、そういうわけじゃないんだけれど」
居間に通したは良いものの、電気もつけていない。わざわざ付けにいくのも面倒臭く、そして何よりこの繋いだ手の温度を離したくなかった。隣同士、ソファに座る。会話もなく、顔を見ることもにはできない。久しぶりに彼の姿を見て、その手に触れて、欲情したなどと死んでも言えるはずがない。一旦熱がひいたように思えたはずの身体にはまた熱が戻ってきていて、中途半端にしか慰められなかった自分がまた疼き出す。顔を合わせてしまったらそのまま襲いかかってしまいそうで、そんな中学生の男の子じゃああるまいし。悶々と考えながら、知らず知らずの内には膝をすり合わせていた。
 段々と目が暗闇に慣れてくる。イワンはのその様子に気づいていた。
「あ、あの、ちゃん……?」
ひょこっ、とイワンがの顔を覗きこむ。は即座に顔を背けたが、イワンの両手は彼女の頬を捉えてそれを妨げた。
「顔、真っ赤。怒ってる? それとも体調悪かった?」
の色欲にわざと気づかないふりをしたイワンに、彼女自身が気づくはずもなく。その声に目線をあげると、なんの脈絡もなく彼の首に腕をまわした。耳元に唇を寄せる。
「イワンくん、イワンくん、」
腕に力を入れて、身体を密着させる。
「会いたかった」
「うん、僕も」
絞り出すような声で言えば、イワンは彼女の背中に腕を回して抱き寄せた。もぞもぞとが動く。少し腕を緩めれば、彼女はイワンの膝を跨ぎその上に座った。またぴとりと身体を密着させる。しかし今度はそれだけではなく、かぷりと彼の耳に噛みついた。
「っ!」
それにはさすがのイワンも慌ててを引きはがそうとする。首筋を一舐めしてから素直にはそれに従った。流麗な菫色の瞳と目が合う。ああこの人が欲しい、と、その瞳にはそう思わせる力があった。
「どうしたの」
何も答えられない。衝動に任せて跨ってみたはいいものの、この先どうしたらいいのかがわからない。一方のイワンもいきなりくっついてきた彼女を愛おしく思いながらも、こうにも彼女が欲情している理由はわからなかった。そして、誘われているとはわかっているのだが、それに呆気なく乗ってしまうのもなんとなく惜しい。もっと、もっと自分を求めてもらいたい。
「ねえ」
「うん?」
声をかけておきながら目を見ているのが耐えられなくなって、はまた俯く。握りしめられた手は汗で湿っていた。
「……いて……い」
「ん?」
聞き取れるか聞き取れないか、瀬戸際の大きさの声にイワンは聞き返す。俯いた彼女の顔をわざと覗きこんだ。
「この次どうしたらいいかわからないの」
「うん」
「だから」「だから?」
の顔は熟れた林檎のように真っ赤である。大体の検討がつく言動に、イワンはまたわざと聞き返した。
「……抱いてください」
目線だけ逸らした彼女は蚊の鳴くような声でそう呟く。その様子にイワンは目を細めて、彼女の腰に手を添え、引き寄せた。
「喜んで。でも、珍しいね。どうしたの?」
の顎に手を添えて視線を戻させる。恐る恐る目を合わせたものの、すぐにその目はイワンのシャツを映した。
「な、なんでもないの……!」
頬を真っ赤に染める彼女には、なんというか、加虐心を煽るものがある。自然と口角が上がるのを叱咤しながら、それでもいじめすぎておあずけを食らうのも御免なので、イワンは彼女に唇を寄せた。

2011.08.16

(耳:誘惑)

詰め込んだら長くなりました
つづく、かも