がちゃり、と自宅の鍵を開ける。ドアノブを回した手応えは、今しがた開けたはずなのに鍵がかかっている時のそれで、それだけで彼女が来ているな、ということを一瞬で悟る。最近まったく時間が合わずに、いつぶりかもうわからないほど会えていなかったのだから、その彼女が、すぐそこにいるということに高揚感を隠せない。玄関を内側から施錠してリビングへ向かうも、電気も点けられていないところを見ると、彼女はもう寝てしまっているのだろうか。普段からルーズな彼女であるのをもはや知っているので、もしかするとリビングで寝ている可能性も大いに考えられる。電気は点けずに手探りで部屋に入れば、窓も開けっ放しでカーテンが風に靡くその部屋のソファーに、見慣れた一対の脚が背もたれ越しに見えた。こちらを振り向かないのだから、やはり眠っているに違いない。着ていたスーツの上着を脱いで背もたれにかけ、久方ぶりの彼女を覗き込む。
はあ、と我知らずその光景に溜息が漏れた。愛しい恋人が帰りを待っていてくれるのは悪くはない、というよりむしろ嬉しいことであるはずなのだが、この無防備さには時折頭を抱えさせられる。玄関の鍵は空いていた。窓も開いている。それだけでも不用心だというのに、無造作に投げ出された彼女の身体には白いバスタオルが一枚巻き付けてあるだけで、すやすやとリビングなんぞに眠っていた。当然、ただのタオルとしてでしか用途をなさない為に作られたそれは、彼女の身体を覆い隠すには小さすぎて、すらりと伸びた脚は、ともすると臀部が見えてしまいそうになっている。
もはや彼女を起こすべきなのかすらわからない。いや、きっと正解は、このままベッドに運んでやることなのだろう。我知らず息を殺しているこの現状にだけ目を背けてしまえば、そうするのが正解だった。持ったままだった鞄を彼女の足元に置く。ソファの前面に回れば、しばらく逡巡していたために夜目が利くようになってしまっていた。先ほどまではぼんやりとしてあまり見えていなかった彼女の白い身体の輪郭がはっきりしてくる。薄く開いた唇、濡れた髪が張り付いた頬、横向きに寝ている所為で寄せられた胸、見えそうで見えない脚の付け根。あまりにも無防備に投げだされたそれは、女性の身体の美しさをありのままに訴えかけている。彼女の肢体など飽きるほどに見てきて、触れてきたはずであったのに。触れたい、というのが、恐ろしく自然にわき上がってきた感情であった。
窓を閉める。ついでにカーテンも引いた。自宅なのだから、夜目が利いてしまえば自在に動けてしまうのが、押し殺した本音に気づかないふりをする自分に嘘などつけないものだと悟る。締めていたネクタイを緩めて、唾液を嚥下した時、まるで初めて彼女に触れるようななんとも言えない青さを感じて苦笑する。彼女の身体を抱き上げると、眠ってしまっている分いつもより重く感じた。寝室の扉を開けて、彼女をそこに横たえる。ほんの少し開いてしまった彼女の脚を閉じさせようと手を伸ばし、吸い寄せられるように足の甲に唇を落とした。すべらかな肌は、いつもの彼女と寸分も違わないはずであるのに、しばらく触れていなかっただけでこんなにも自分を離さない。恋人とはいえ、彼女の意思をまったく聞かない非道な行いを、これからするのだ。彼女の隣に横になって、その安らかな寝顔に頭の中だけで謝罪をした。そのやわらかな身体を抱き寄せる。清廉な石鹸の香りと、彼女の匂いを感じて、その首筋に唇を寄せた。
ぼんやりと、彼女が起きた際にする言い訳を頭の中で考え始める。
2018.10.07(2011.09.18)
(足の甲:隷属)