どさり。
彼の不意をついて、座っていた彼の上に乗る。ぐっと体重をかけたものの、(さすがはスポーツマンと言うべきか)咄嗟に床についた両腕が、完全に身体が倒れるのを防いでいた。
「……急になに」
先までただ隣り合って話すともなくいっしょにいただけである。急に私からこういう風なことをするのが珍しいからか、藤真は訝しげに目線を投げかけた。
「いや、つい。押し倒してみたくなったの」
「ふーん?」
そのどこか冷静な言葉がなんとなく面白くなくて、それじゃあ私も、と、冷淡な言葉を返す。べつに、何の意味もなかったわけじゃないのだけれども。──この前の試合は久しぶりに藤真が選手として出ていた。その試合で彼が倒れて尻餅をついた時、汗ばんだ肌と少し上がった息のせいか、そんな場面でもないのに不埒にも、その格好がとてつもなく色っぽいものに見えたのだ。それで、その、あれだ。あわよくば自分で押し倒してその体勢にして、上に乗ってみたいな、と。
作戦は失敗したのだから悔しながらも撤退しようと身を引けば、藤真の手が私の肩にかかる。
「……なんかいやなこと考えてるでしょ、藤真」
「べつに? と同じこと考えてるだけだよ」
「な。私はなにも、」
その眼光がよろしくない光り方をしたのを間近で見てしまった。彼の何に火をつけたのかわからないけれど、ひしひしと身の危険を感じる。しかしこの距離でそう簡単に逃してもらえるはずもなく、いつのまにか腰に回っていた腕にぎゅっと身体を引き寄せられる。
「! え、わっ、なにっ」
形勢逆転。あっという間に体重をかけられた身体は倒される。腕で支えることすら許されず、括っていなかった髪が床に広がった。
「柄じゃないなと思って」
「一応聞くけどなにが」
「押し倒されてるのが?」
「私のは未遂だったじゃない」
見上げた彼は不敵に口角を上げて、たまらなく楽しそうな表情をしている。彼に楯突いてはみるものの、一切状況も変わらない。ついに脚の合間に藤真の片足が割り込んだ時にはもう抵抗する気にもならなかった。ゆっくりと顔が近づいて、唇にキスを落とす。幾度も角度を変えて合わさる唇に、とうとう形ばかりは抵抗していた腕の力が抜けた。
「……誘い受けってやつ? 嫌いじゃないよ」
一段と低い声が、耳元で囁いて笑う。その内容は聞き捨てならないのに、顰められた声色が彼が本気であることの証でしかなく、私は不本意ながら黙っているほかない。その上彼の手が私の身体をまさぐりだした所為で反論よりも甘い声が出てしまいそうで、必死に唇を噛み締めて彼を睨み返した。
「好い顔。そんなに不服なら今日は上に乗れば」
沈黙の反論も虚しく、藤真は大層艶やかな顔で面白そうに笑う。つい口を開けばなぞられた首筋に小さく声をあげてしまう結果となって、慌てて手で口を覆った。首元で彼がくすくす笑う。きっともうあと少しもすれば、そんな彼のペースに今日も乗せられてしまうことすらも、もうわかっている。
2011.11.05