イワンの唇がを貪る。幾度も、飽きてしまうのではないかというほどに角度を変えて。気づけば窓の外は陽が沈み、部屋の中も完全な暗闇と化していた。しかしそれは待ち望んだ逢瀬の最中である恋人たちにとっては好都合でしかない。の唇の端から、どちらのものとも分からない唾液が零れる。ゆっくりと滴り落ち、彼女の顎に添える自分の手を汚していく様をイワンは目を細めて見ていた。きつく閉じられた瞼に赤く染められた頬、口元は唾液で濡れ、時折小さく吐息を漏らす。なんと彼女は官能的なのだろうか。ゆっくりと、気付かれないようにイワンは自分の脚を開く。彼に跨っているの脚も自然と開かれていくのを見越して。そんな思惑のある行動にも気付かないほどに、彼女はイワンとのキスに没頭していた。否、させられていた。イワンの服の裾を握っていた手に力が入る。抵抗こそまだないものの、これは息苦しくなってきたサインだ。少し名残惜しく思いながらも彼は唇を離した。細い銀糸が二人の間を繋ぐ。それが垂れ、切れ、汚してしまった彼女の口元を指で拭う。やっとゆっくりと開かれた目には、うっすらと涙が溜まっている。
「イワンくん」
彼女の唇がそう紡ぐ。
「ん?」
と問い返してみるも、彼女からの返答はなかった。その間にもイワンの手は止まることなく服の裾を捲りあげ、脱がすことなく下着を押し上げた。豊満なわけではないが、決して小さくはない胸。やわやわと最初は揉みながら時々掠めるように先端を刺激する。その度にあがる彼女の嬌声は久しく聞いていなかった所為か、いつもより色っぽいように感じる。ふと、彼女の腕を背中に回させようと手に取り、指先に口付けてイワンは口角を上げた。彼女の指先から、ほんの少しの情事の匂い。それはまさしく彼女が自身で身体を慰めていた証拠に他ならない。
「ねえ、もしかして、自分でしてたの」
彼女の指に舌を這わせながら上目で問うと、はぎくりとして目が泳いだ。
「……だって、イワンくんに、会えないから」
そのうち、唇を噛んで小さく呟かれたその言葉にイワンは不覚にも胸を高鳴らせた。彼女の腕を首にまわさせ、胸に口を付ける。片方を舌に触れさせたところで彼女が一際高く啼いた。
 今までずっと、自分ばかりが彼女を好いているような気がしてならなかった。自分ばかりが恋しがって、自分ばかりが嫉妬して。そうやって段々と消極的になっていった思考が最終的に導き出したのは、彼女を試す、という行為だ。それは悪いことだとわかってはいたものの、どうしても自分に自信が持てずに、仕事を理由に彼女から離れてみたのだった。その間も彼女が恋しくて、罪悪感は消えなくて、挫折しそうになっていたのだが、どうやら彼女は自分が思っていたよりも自分のことを愛してくれていたらしい。
 下着をずらしゆっくりと彼女の中に指を入れる。彼女の甘い声が耳を犯していく。それを聞いていると溢れてくるのはどうしようもない加虐心で、試してみたり、虐めてみたり、ほんとうに自分は最低だと自覚する。
「ひとりで、気持ちよかった?」
胸から口を離してそう一言。彼女は潤んだ目を見開いて、それから首を横に振った。中に入れた指の動きは止めない。ゆっくりとした動作で気をやらせないようにしているために、の身体はかくかくと小刻みに震えている。偶に強い刺激を与えると一層高い声と共に身体がびくりと跳ねる。自らの意志に従順なその様はなんとも妖艶だ。ゆるいゆるい刺激に、もどかしいのか彼女の腰が揺れる。脱がせていなかった下着は濡れ、今にも滴ってしまいそうな程で、切なげに声があがる。いつまでもゆるやかな刺激に、このままでは達させてくれないだろうということをはなんとなく悟った。イワンの自分の胸を弄っていた方の手を捉える。それを両手で握り込んで、口元に寄せる。
「……わたし、っ」
喘ぐ声の間でそうイワンに向けて声を発する。対するイワンは急に捕られた自分の手を追っての顔を見上げた。
「じぶ……のっ、指じゃ、あっ、いけなくてっ」
その言葉に今度はイワンが目を見開く。彼女の中に入れていた指も止まってしまった。潤んだそこは収縮し、痙攣しているのがわかる。
「はっ、あ……わた、し、ねっ……イワンくっ、がっ、いいの……っ」
そう言い切って彼女は徐にイワンの指を口に含む。それは熱を持ったイワン自身を口に含んだときのような舌の動きで、思わずイワンは息を吐いた。彼女の腰が刺激を求めて切なげに揺れる。ちゅっ、と音を立てて指を離すと、裏返してイワンの目の前で手のひらに口付けて見せた。
「イワンくん、くださ、い……いっしょ、にっ、」
その言葉の続きはイワンの唇が無理矢理飲み込ませた。軽く触れるだけで離されたそれは、唇を噛んで。
「ごめん」
眉尻を下げた泣きそうな表情と共にイワンのその言葉に成り代わった。はそれを見て手を離し、彼の首に抱きつく。指を引き抜くともう一度を抱き寄せてからイワンは自身を露わにした。
「ごめんね、
もう一度同じ言葉を口にすると、一気に彼女に自身を突き立てる。その急な圧迫感には背中を仰け反らせた。軽く達した彼女を労るように、イワンは暫く動かなかった。
「イワンくん、だいすきっ」
「うん、僕も、愛してる」
卑猥な水音と、二人の荒い息づかいが部屋に響く。彼らが同時に達するまで、今までした行為のいつよりもきつく、ふたりは身体を寄せ合った。

2011.09.18

(掌:懇願)

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