ただいま、と言ったそのの様子がおかしいとは思っていたが、今日はどうも酒を煽るペースが早いようだ。帰ってきて早々酒とグラスを持って畳に座ったまま今までそこから動かない。30分もしないうちに何杯飲んだのか、彼女は頬を真っ赤に染めてグラスを傾けている。もともとあまり酒に強くはないのだから、そんなペースで飲むと潰れるのはわかっているのに。
「もうそろそろやめとけよ」
まだグラスを満たそうとする彼女の手にやんわりと静止をかける。
は眉間に皺を寄せて暫くこちらを見ていたが、おれが手を離さないでいると諦めたかのようにグラスからも手を離した。
ぐらりとの身体が揺れて倒れかける。それを受けとめて、自分もの隣に座り直した。これは相当できあがっているようだ。顔は赤い。目は潤んでいるし、息もあがっている。
「なんかさ、満月の夜って、欲情するよね」
「いや、は?」
あまりの唐突な物言いに言葉に窮したのは言うまでもない。はそれ以上何を語るつもりもないようで、彼女の体重をただおれに預ける。
「ね?」
言われるままちらりと窓から夜空を伺うと確かに満月で、……しかし今気にかけるべきことはそこではなかった。
「相当酔ってるな、お前」
「そんなことないよー」
酔ってないと言う人間ほど酔っているものはない。
の腕がおれの腰にまわる。彼女から誘ってくるようなことなんて、今までほとんど、いや、一度もなかった。いつもより何倍も甘えた声で擦りよってくる様はまるでどこかの猫のようで。
「……じゃあなに、珍しく誘ってんのか?」
「まあそんなとこか、な」
そう言いながらも彼女は体重を加えてきて今にもおれを押し倒そうとするが、おれがそれに応じるわけもなく。酔っぱらいに手を出すのもどうか、などと逡巡しているうちに、彼女はおれの首筋辺りに顔を埋めて唇を寄せてくる。「いい匂いー」などと、彼女は呑気だ。放っておいて止まるようなこともなく、珍しい彼女を宥め賺すのも勿体無い気もする。ぐっと彼女の身体をこちらへ引っ張ってから押し倒してやると、わあ、などと負抜けた声を出しながら、わざと派手に倒れる。そのために広がった彼女の髪は、いつもよりつややかに美しい気がして、あてられたものだと思う。
「……自分で誘ったことくらい覚えとけよ」
明日の朝に喚かれでもしたら大変だと、最初に念をおしておく。彼女は満更でもなさそうに笑った。
誘ってきたとはいえ、酒のまわっている彼女を労るように愛撫していく。あくまでゆっくりと、優しく。どうせこの後の行為で明日の朝にはぐったりなのだろうが、要は気持ちの問題なだけだ。服に手をかけ、下着を剥いだところでおれの腰元にあったの手がきゅっとシャツを握り締めた。
「んー、そんなやさしくしないでよ」
いつものあなたらしくない、と言葉は続く。いつもそんなに性急な行為をしていたつもりはなかったのだが、今晩の彼女は焦らされるのはお好きではないらしい。まじまじと彼女の顔を見つめ真意を探ろうかとも思ったが、目があった瞬間にそれはやめた。
酒の力とはすごいものだ、と改めて思う。胸を上下させながら途切れ途切れに矯正を漏らす彼女は、昼間の彼女が嘘のように、艶やかで艶めかしい。彼女を暴いていくおれの指の動き一つで、その全てに反応される様は、一口に言うと、官能的だ。
やさしくしないで、という言葉に、喜んで従わせてもらうことにする。
「ちょっ、あ……あっ、待って!」
それまでの愛撫が嘘のように、いつものペースに戻す。身体の力を抜いていた彼女は急な刺激にそのしなやかな身体をくねらせ、先ほどまでよりも一層高い、華やかな声でないた。
「我が儘」
「うるさ……っ」
「黙る」
「んん!」
ふと零れた呟きを聞き取り律儀に反応を返すを愛おしく思いながら唇を塞ぐ。舌を絡めくぐもった甘い声を聞きながら、ゆっくりと彼女の中に押し入った。
2011.07.22