五

 健やかに目を覚ました。朝の清々しい光線がカーテンの隙間からまぶたに灌ぐ。起き抜けの頭をしばしぼんやりとさせながら、知らない肌触りに腕をさすった。こつん、と当たった体温。寝入った時の体勢のまま、背中に寝息を立てる体温がある。彼の腕は変わらず私の腹に回っていて、反対の腕は私が頭に敷いてしまっている。腕が痺れなかっただろうかとも思ったけれど、一晩中この姿勢で変わらなかったということは、特に問題はなかったのだろうか。時間を見ようと枕元のスマホに手を伸ばしたものの、案外強い力で抱き枕にされているようで身動きが叶わない。これは彼が起きるまでは動けなさそうだと観念した矢先に、きゅ、とさらにその腕に力が入った。
「豊前さん」
「んー」
後ろに向けて小さくささやいただけの声に、少しだけぼやけた音が戻る。起きている、と思うが、彼は動かなかった。

 次に気がついた時には彼は確かに起きていた。二度寝から私が意識を取り戻した瞬間に「おはよ」と声がかかる。「うん……?」ぼやけた声を出したのは今度は私の方で、「わ」次には明瞭な声を出すことになる。私が起きたと確信するや否や、彼が強く私の身体を引いたのだ。首筋に埋まる彼の鼻先と、その急な展開に私ばかりしどろもどろになる。寝起きの頭が、どうするべきかを考えている間にもその力はだんだんと強くなり、「……ま、まって苦しい……!」両腕で彼が私の身体をがんじがらめにするので、ついに白旗を上げた。彼は背後でくつくつと笑って、──確信犯だろう。
「またからかって……」
「うん、悪い」
悪いと言う声が、悪いと思っていないと教えてくれる。つい身体を返してみれば、いたずらが成功した子供のように彼が楽しそうにしているので、こちらが毒気を抜かれてしまった。
「目え覚めたか?」「不服ながらもちろん。おはようございます」「おはよ」
そこにはすっぴんの私とは対照的な、普段と変わらない表情の彼がそこにいて、顔の整っている人はこうまで隙が無いのかと思わされた。

 彼は私の手首を引いてまた歩く。起き抜けにサイドテーブルの眼鏡に手を伸ばしてみたものの、今朝だってそれはかなわなかったからだ。ぼんやりした視界のまま顔を洗い、純和食の朝食をいただき(桑名さんの姿は見当たらなかった)、また部屋に戻ってくる。私がこの家に生活していることになんの不自然もないかのように全てがなされていた。けれどそうはいっても人様の日常に、その上職場の関係の人間の休日に、自分が入り込んでいるということはやはり気後れがする。彼の部屋に戻るなり自らの鞄と衣服に手を伸ばしたその手を、もう一度掴んだのはもちろん豊前さんである。
 つい昨日まで、私は彼を雄弁な人だと思っていた。人に垣根なく接し、人懐こく、人たらしなのは、それは彼があっけらかんとしながらも思慮深く、様々なことを口にできるからだと。それが、この、昨日からの彼はどうだろう。特にこうして何かを要求するような時の彼の寡黙さは、私の知らない姿である。”察してほしい”ともとれない、この、不可思議な、間。あるいは彼に確固とした要求などないのかもしれず、そこから意図を汲み取ろうと思ってしまうのは、私の性質のためなのかもしれない。
「酒残ってるか?」
彼の意図を汲み取る前に、彼はそんなことを言いながら手を引いた。明るい声色に拍子抜けして、ベッドに腰かける彼の隣に位置を取る。
「もうさっぱり抜けましたよ」
それはこちらの台詞だ、と思ったのは、彼の方が私の数倍のアルコールを摂取していたように記憶しているからだったけれど、彼はまったくもって平常そうだ。掴んでいた手首を緩めて、自然に手が繋がれる。
「豊前さんは昨日も今日も変わらないですね」
「  もそんなに変わらんやろ」
「そうかも」
そこでするり、と彼の手から逃れたのは、特別に意識したことではなかった。彼に引き止められなかったから、というまでもなく、ほとんど無意識的だったと言ってもいい。
「いいお天気ですね」
背にしていた窓に身体を向ける。ベランダがあるので外の様子がわかるわけではなかったが、空は雲ひとつない快晴であった。冬のやわい陽光が、乾燥した空気を幻視させる。
「今日の予定は?」
後ろから彼の声がかかる。
「特になにも。豊前さんは?」
なんの気もなく振り向いた。その先で見た彼の瞳に思わず身体が逃げる。この一瞬間で、それは紛れもなく昨晩見せつけられた色に変化していた。それを確認したはいいものの、なにをする隙も与えられずに、囚われる。ひとまわり大きな手が私の手に再び重なったので、そこでようやく昨日の話はいまだ持ち越されているものだと悟った。
「……まだ、帰してくれないんです、か?」
言葉に応えるようにして、もう片方の手指が、私の首筋を下からなぞり上げる。顎までなぞって、その手が顔を固定した。ぐっと近づいた彼の瞳がこちらを覗き込む。
「もうなにもないと思っただろう」
平然と続いた言葉につい頷いたのは致し方ない。返答に頭をよぎった言葉はどれもこの先を促すようで、墓穴を掘るものでしかなかった。それで私が言葉を失ってしまったからか、彼もまた問いかけるのをやめてしまう。じいっとこちらを覗き込む彼の強い瞳に次第にいたたまれなくなってきて右に左にと目線を逃したけれど、彼の視線は変わらずこちらに注がれており、ついにまぶたの裏に逃げ場を移した。そんな一部始終に、ほんの少し、笑う雰囲気。ついで人の近づく気配と、彼の髪の毛先が頬をくすぐって、……その息吹を感じるまま止まった。顔の輪郭をゆるやかになぞる指が、こちらを見ろ、と催促している。けれどここで目を開けては、もう完全に彼に囚われてしまうのだと、最後の警告が身体を固くした。
「  」
名前を呼ばれる、一単語だった。聞き慣れたはずである言葉が、彼の声をもって身体を懐柔していく。きわめつけに温かな指がまぶたを撫でて、そうして観念せざるをえない私は恐る恐る目を開いた。
「悪いなア」このまま帰してやれなくて。
刹那に唇が奪われる。重なっていただけの手が明確に私の手首を掴んで、次の瞬間には背中から布団に沈んでいた。可愛らしい音を立てていただけの唇が、だんだんと色を孕む。目を逸らすことも、閉じることも、今度は許されないように、その赤い瞳は私から視線を外さない。それだけで彼は私を射るように留めているのに、身体を置きかえる彼の手つきやその唇は、強引でいて不思議なほど優しかった。ぬるりとした舌先が銀糸をひいて離れる頃にはすでに呼吸があがってしまって、こういった覚悟はしていたもののさらに抵抗する意思すら思いつかせない彼の手管に心から堕ちる。それなのに彼はしばらく満足げに、触れることもなく私を眺めているのだから、先に我慢が効かなくなったのは私の方だった。
 手首に添えられるだけになっていた彼の手を取る。引けば浮かせてくれたのをそのままもらって、指先に口付けた。わずかに指が跳ねる、その反応が嬉しくて、淡く指先を口に含む。すぐに先ほどの口づけの感触が戻ってきてそれを追い求めるように指に舌を這わせた。はじめのうちは遠慮がちに小さな音をたてて口付けていたものの、自ら始めた手慰みで、次第に理性が剥がされていく。思いきりその指を口に含んだ時には、ついに彼の表情を見ている余裕も消えてしまった。ぬるい体温が舌をなぞる感触に夢中になり、男の肌の質感に欲が湧く。昨日から散々見せつけられているしっかりとした手のつくり、皮膚を通して主張する骨、節の太い指と平たい爪の硬さ。口内で感じ取れるそれらが、私の身体を暴くのを無意識に期待していたに違いない。往復させる指に溜まった唾液を嚥下する喉の音を初めて自覚した時、そこで自分があまりにはしたない真似で彼を誘惑しているのだと我に返った。慌てて口を離したけれど、追い縋るような水音がやけに大きく聞こえる。もう一度唾液を嚥下して、整わない呼吸を無理やり戻そうと唇を引き結んだ。唾液に濡れる彼の指先は、私の唇のすぐそばで止まっている。
「舌出せ」
しばらく私を待っていたような指先が、ぬるり、と唇を撫でる。その刺激にすぐに唇がゆるんで詰まった吐息が漏れた。悪事を暴かれるような居心地の悪さに躊躇していると、名前で視線が誘導される。顔を上げれば彼のあの瞳に捕まるのだとわかっていたのに、それをせずにはいられない。赤い瞳に見つめられる先で、言葉通りに動かした舌先が彼の指に触れた。
「もっと」
今度は彼の指先が舌の輪郭を撫でる。そうして私が全てをさらけ出すのを虎視眈々と待っていて、だから私は大人しく、私自身を供するより道がない。促されるままに口を開く。自分がどれだけはしたない表情をしているのかなど、考えてみたくもない。それなのに差し出した舌を彼の指が摘んで、最後のためらいを強引に引き出した。
「……ちゃんと気持ちいくしちゃる」
再び覆いかぶさられて、舌先から奪われる。甘く噛まれたそれがすぐに逃げを打ったのは、それが想像以上に快楽をもたらしたからだ。そんなキスの仕方を私は知らなかったし、だから舌先が、こんなに直接的な快楽を得られる箇所だとも知らなかった。ぞわぞわとしたものが背筋を駆ける。身動ぎするのも押さえつけられて、それを逃すこともできないまま、彼の手が首筋から胸元に下った。
 彼の手のひらにしてみれば、私の胸はささやかなものだっただろう。昨晩借りたままの誰かのスウェットの上から肌を包むように触れられる。執拗に舌先を啄まれながら徐々に温度を高められていく。やわらかくじっとりと動く手のひらの体温が、その質感が感じられないのがもどかしくて、自らはこんなにせっかちだっただろうかと何度も頭をよぎった。
 彼の手の動きは、私を探るかのようだった。布地越しに、くまなく私の身体に手のひらをすべらせる。脇腹をなぞりあげるのにくすぐったくて声をあげても、鎖骨を確かめるように撫でられて唇が離れてしまっても、彼はじっくりとした動きを止めることがない。しまいにはスウェット越しで、布地の薄い箇所を彼がなぞるたび、身体が勝手に跳ねた。脚に力が入って、太腿を擦るように動いてしまっていることにも気づいてはいたけれど、もはや止められるものではない。ようやく唇が解放されたと思ったのも束の間、
「ひっ、あ」
続けざまに首筋を舐められて、うるんだ情けない声をあげたのはしかたがなかったのに、そこで彼は楽しそうに小さく笑う。揺れる髪に首筋がくすぐられて、また声が漏れる。
 じっとりと身体が蒸していく。背中に張り付いたインナーが余計に身体の状態を知らしめた。こんなに高められているのに、まだ衣服すら脱いでいないのだ。もうむしろこのまま終わってしまう方が楽なのではないかとすら思わされるほどに焦れている。縫い止められていない手を豊前さんに回したのは無意識だった。私を攻める動きが一瞬止まって久しぶりにこちらを見た赤い瞳にまた体温が上がる。
「もう、っ」
早く暴いてほしかった。何も考えられなくなるような、激しく掻き立てられる情欲をぶつけられたいと身体が燻っている。それでもこの先をねだる言葉を躊躇したのは、これだけで昂っている身体を知られるのが恥ずかしかっただけにすぎない。この続きを、私は欲しがっている。今は涼やかにすら見える顕になっている彼の首筋やそこにある黒子がいやに色をもって目について、ついそこを指でなぞると彼が目を眇める。襟を引くと身体を寄せてくれたので、迷いなく首筋に口付けた。ことんと動く喉仏。しっかりした凹凸を舌でなぞって、唇を寄せて、それを何度も繰り返す。そこから感じ取れる、香水やそういった類でない彼の匂いに、頭がくらりとした。もっともっとと貪欲に首筋を食む。──早く彼の身体が知りたい。音を立てて首元に口付けた時、ぴくりと彼が身体を引いて、喉が小さく鳴った。気持ちいいのならもっと、と再度唇を寄せた矢先に許されていた戯れが引き離されて、元のように見下ろされる。止まっていた血が一気に通う温かさで、縫い止められていた手首が久しぶりに解放されたのを知った。
 彼の手がようやく私の衣服にかかる。あっという間に脱がされたのは、それが借り物で、私の身体よりもほんの少し大きかったからだろう。キャミソールごと取り上げられて、ベッドの下に落とされる。「背中浮かせて」ためらいなく下着も取り上げられる。「腰」あれほど焦らされていたのが嘘のように、見事な手際ですべて剥ぎ取られてしまう。彼の手のひらがようやく肌に触れて、太腿から胸元へ撫であげられると肌が粟立った。彼の言葉に従った褒美のように、ひとつ口付けられる吐息が熱い。
「あ」
私が明確な音を出したので、彼の動きが止まる。
「なん」
「ごめんなさい、痕が……」
それは室内の明るさのせいでよく見えた。首の根元、ぎりぎりシャツが隠してくれるだろうところに赤い鬱血痕。さっき私が戯れた時につけてしまったのだろう。
「俺の方は好きにしてくれていいけど」
けれど彼はあっけらかんと言い放つ。たしかに彼は良くも悪くも、女性の噂が絶えない人だから、この程度は特に問題にもならないのかもしれない。
「あんたは気をつけた方がいいよな」
そう言った豊前さんは鼻で笑って、私の首筋に顔を埋めた。シャツの襟では隠れなさそうなところに唇を押さえつける。けれどそこは音を立てることもなく、
「ぅ」
ぺろり、と舐められただけであった。そのまま舌が先ほどまでは触れられなかった身体へ下る。やわらかくていねいに口づけながら、汗ばんだ肌を彼の手が這った。包まれる胸が熱い。
「うぅ、」
やわやわとしだかれながら、唇が音を立てて下っていく。胸元の柔らかい肉を食んで、きゅ、と指先が先端を摘んだ。
「あ、っ」
それだけで身体が大仰に跳ねる。唇で、歯で、舌で愛撫される肌がぞわぞわと気持ちよくて仕方がない。手のひらの硬さも、熱さも、与えられるものすべてが、身体に熱を持たせた。
「う、ぁ、あ」
これだけなのに、と思う。弾け飛ぶような刺激ではない、それなのに、身体をゆるめるとすぐに快楽に溺れそうだ。
 手のひらが太腿に触れて、爪の先が肌を伝っていく。閉じていた両脚の隙間に指がすべりこまされて、触れられたそこが、くちりと音を立てた。
「あつい」
胸元でこぼされた言葉に恥ずかしくなって太腿に力が入る。
「こら。脚、ひらけ」
そんな様に彼は身体を起こして、まるであやすように頬を撫でる。その笑みがあまりにやさしく見えて、私はおとなしく身体の力を抜いた。上機嫌に落とされる口づけ。内腿に手を添えて開かせながら、彼が下腹に移動する。
「え、待って、や、」
脚の際どい付け根に舌を這わされたことで、彼の意図が理解される。それは、気持ちがいいのは確かだけれど、羞恥心の方が勝るのであまり好きではない。けれど止めようと伸ばした手は簡単にあしらわれて握り込まれてしまった。
「あ!」
陰核に舌が触れて思わず腰が跳ねる。
「ね、やだ、やっ、ぅ、」
私の動揺には関わらず、豊前さんは、んー、と唸って赤い瞳のみで答えた。軽く吸われて、舌が核心をなぶる。簡単に気持ちよくなれる場所だとわかっているからこそ、そういったやわらかな刺激にすら身体をいたぶられる。再び脚に力が入って彼の身体をきつく挟んだのを咎めるように、片手があわいを撫でた。身体が思わず震える。
「気持ちいくない?」
すでにとろとろになっているそこを触りながら言うのは質が悪い。言葉でどれだけ否定しようとも、それが嘘だとばれてしまう。
「きもち、い、けど」
「じゃあいいやん」
舌が小刻みに動かされてひそやかに水音を立てられるたび快感が蓄積されていく。指ではもたらされない生ぬるさと吐息の熱さがその行為を強調して恥ずかしさを際立たせた。
「ひ、うぅ、ね、恥ずかし、から、やだ、ぁ」
彼はその言葉にまた少し笑う。指先で入口の浅いところを執拗に確かめながら進退を探っている。次第にその指先の動きに身体が支配されてゆき、中がそれを求めるように締まった。
「恥ずかしい、ね」
「ひゃあ、あ゛っ、あ」
ぢゅ、と強く吸いつかれてそのまま舐めあげられる。ぞくぞくと気持ちよさが背筋を駆けて身体が勝手にしなった。達している、と思うが、どこか妙に浅く、身体が満たされない。
「まだ入れてもないのに、とろとろになってるの、よく見えるぜ」
「っ! そんな、ぅう」
ふーっ、と息を吹きかけられるだけで呼吸が乱れる。言わないで、も、見ないで、も、恥ずかしい、も、どれも彼には通らない。浅いところで繰り返し抜き差しされながら、彼は私が快楽に懐柔されるのをじっと見つめていた。
 ここまできてもなお、焦らされている。達してはいるのだ。それが、とても足りないだけで。身体は深い絶頂を待ちわびていて、自らの熱で狂いそうになるのははじめてだ。触れられながら決定的に与えられない刺激がもどかしくて、鋭敏になった神経が張りつめている。私の動きを止めるために握り込まれた手にも、今となってはこちらから縋りついていた。
「どうせ今からすること、」
豊前さんがちらりと顔を上げる。色を持った瞳がにんまり弧を描いて、その表情に、私はこの人の気のすむままにされつくすまで終われないのだと確信した。
「きっちりぜーんぶ、まる見えちゃ」
「な、ゃ! っ! ……!」
ぐ、と指が押し込まれた。思ったよりもしっかりした指の質量に驚く。彼の言うことはもっともだった。こんな朝のうちから、こんなことをしていて、陽の光の中に隠れられるところなどどこにもない。ぐちゃぐちゃと止まらない水音と、伝っていく粘液の感触。
「う、は、あ、あ゛あ、やだ、ぁ、だめ、ん゛」
「うん、もっと、な」
骨ばった指が中を探る。先ほど口内で甘えた彼の指が、ぐちぐちといやらしい音を立てている。入口すぐのいいところを指が押せば身体が勝手に跳ねるので、私が感じていることくらい彼にはすべてお見通しだろう。
「ひぅっ、」
その上でしばらく放っておかれていた陰核を舌が再びなぞる。ぎゅう、と中が指を絞って、快楽が少しずつ身体を追い詰める。汗が滲む身体が急激に体温を上げて、つい身体に妙な力が入った。
「我慢すんな」
「そん、っ、な、つも……っ、じゃ」
身体が、達してしまわないように動いたのを、そこまで彼には伝わっているのか、指も舌も止めることがないまま言葉でも私を押し上げようとする。我慢しようと思ってしているわけでは決してない。あと少しで弾けそうな快楽が、ほしいのに、押し留めなければどうなるかわからないと何かが箍をかけている。自分自身ですらここまでも、快楽を引き伸ばしたことなんてない。もちろんこんなに時間をかけてていねいに、男の人に身体をほぐされることなども、今までなかった。押し倒されてからずっと、今までに味わったことのない身体の感覚に支配されていて、気持ちがよくて、どうにかなってしまいそうだ。これまで得てきた快楽のどれよりも異質な、きもちよさが、身体を襲うのが、こわい。
「ぶぜ、さん、っ、ぶぜんさ、も、やだ、あぅ、う、こわい、っ」
やだと言ってもだめを押しても続けられて、ついにじわりと涙が張る。正直にこわいと告げてみても、彼は少し目を動かしただけで止まらない。
「“気持ちいい”」
ちゅうちゅうと柔らかく攻め立てながら、明確な声がそれを促した。
「え、あ、んぅう」
「言って」
指先が的確に中を刺激して、同時に舌が器用に皮の中の珠を擦り上げた。擦られる快感が、中のものであるのか外のものであるのか、もうわからないほどに快楽が足先まで詰まる。
「な゛、……っ、あ、う、あ、やら、あ」
「”気持ちいい”」
「……、っ、う゛ぅ、あ、……き、もち、い゛! あ゛!」
「うん、そのまま」
「えぅ、っ、ぅ゛、……っっ! きもち、っ! ああぅ」
促されて発した一言をためらうとすぐに咎めるように攻められる。“気持ちいい”と言葉にするたび、身体を快楽が襲って、やわらかく受け止めていく。“気持ちいい”。彼の指がリズムよく一点を押しこんで、身体の中心からぞくぞくとしたものが押し寄せる。“気持ちいい”。舌先がつよくなぶっている珠が、肌の表面から耐えられないような快感を身体中に押し広げた。
「きもち、っ……! う゛、ぁ゛、いっっっ」
指の動きを食い止めるように、一気に身体が駆け上った。赤い双眸がそれを見逃すまいと私に向けられる。
「い、っ、やだあ゛、ああ、きもち、ぃ、や゛、きもちい、の、っ!!!」
ついに切なさが上限に達して、背筋から痙攣しだした。
「も゛、やだ、いく、や゛、きもちい、あ゛っ、や、ぶぜ、ん゛ぅう!」
ぎゅう、と脚に力が入って、かき抱いた身体が縮こまった。ばちばちと目の中に光が走るようで思わず目を瞑ると、目頭から涙がくだる。
 しばらく痙攣を続けている私の状態にそぐわないような可愛らしい音で、軽く吸い付いて唇が離れた。指が引き抜かれても、余韻が身体を勝手に浮つかせる。唇を噛み締めていることに気がついたのは自らの呼吸が苦しくなってしまったからで、そこでようやく呼吸すらまともにできていないと息を吸った。荒い呼吸を繰り返しながら、ぐたり、と身体から力が抜ける。落ち着いた頃にようやく彼に目を向けて、そこではじめて手がほどかれていたことも、彼が衣服を脱ぎ去ってしまったことにも気がついた。
「気持ちよさそうでよかった」
軽く唇が落とされるのを、呆然と受け止める。色を持ってはいるものの爽やかなやさしい笑みを向けられるとたまらなくなって、サイドテーブルの小棚を探る彼に甘えるように抱きついた。汗だくでできあがってしまった私の身体とは対照的に、彼も熱は持つものの、まだだいぶん余裕がありそうだ。
「どうした?」
戻ってきた彼が隣に寝転んだのをいいことに重たい身体を動かして首筋に顔を埋める。こういうところが彼の人たらしの所以だとわかるのに、ついに心が見ないふりをした。どういう理屈だろうと彼が私を至極ていねいに扱っているというのが身を以て知らされたからこそ、私も彼をていねいに扱いたいと思ったのだ。……ほんの少しだけ仕返しをしたいと思ったのも、否定はできない。
「……私もする」
彼が手に持っていたものを受け取る。首元を食んで見上げると、きょとん、とした表情ののちに、わずかに焦りが見えたのを見逃すことはできない。肩に手を添えられるのをそのままに、唇をすべらせる。彼の上に陣取ると、しっかりとした体つきが、思っていた以上に異性を感じさせた。これまで積極的に男の人を攻めたことなどない。口で愛撫することはあっても、今とはまったく違う心持ちだったことは確かで、今から自分がしようと思うことに身体が浮ついたのははじめてだ。……そもそも男の人に夢中になってしまって、痕をつけたことなど一度もなかった。もしかするとはじめから、私はどこかいつもより高揚していたのかもしれない。
 筋肉質な身体を、一口ずつ食むように口付ける。やわらかいような、硬いような、引き締まった肉体に吸い付くのを繰り返していると、次第に豊前さんの呼吸が上がっていく。身体に手を這わせて、脇腹や腹筋を確かめるようになぞる。胸の先端に口付けると、ひくりと身体が動いた。反対側を指先で転がす。自分が高められる動きを思い出しながら彼に移していくのに、どうしてか直接触っているわけでもない自らの身体にも熱が溜まっていく。片手を下方にすべらせる。そこに触れると、熱く、かたいのを知らしめられて、ほんの少し安堵を覚えた。すべらかなそこを上下にゆるやかにさする。先端が湿り気を帯びて質量を増したのを手のひらで感じた時、思いがけずはしたなくも生唾を呑んでしまい、どうかしてしまったのだと思った。男の情欲をそそるように動いているはずなのに、どうして自身の身体が切なくなっていくのだろう。
「きもちいい、ですか?」
彼を気持ち良くしたいだけなのに、自らが高まっていくのから目を逸らしたくて、つい、問うた。身体をずらして、熱く勃ったものに口付ける。
「ん。……気持ちい」
返ってくる、聞いたことのない湿り気を帯びた声が、結果としてさらに私を追い立てて、行動を加速させた。すこしくらい仕返しを、と思っていたことは、頭の片隅に片付けられてしまう。
 手でさするそれは長さを誇っていた。根本まで咥えこんで、気持ちよくできるのかどうか、自信を揺さぶる。何度も先端にのみ口付けてやわらかく食んでいると、見ているうちに先走りが滲んだ。思わずぺろりと舌を這わす。丸い先端のみを口に咥えて、くぼみに舌を押し付ける。塩っぽい味をぺろぺろと舐めとりながら伝っていく唾液を絡ませて幹を扱いた。
「ん……、」
ぐんと質量を増したものが熱くて、身体が焦れる。少しずつ口内へ招き入れて根元まで咥え込むと、先端が喉奥について苦しい。彼の手が私の頭を撫でるので表情を伺えば、ほんの少し顔をしかめて、じっとりと私を眺めている。
「……っ、ぁ、」
吸いながらゆっくり上下に動かす。何かを言いかけたのか開いた唇から、小さな音が漏れた。先ほどよりも彼の肌が熱い。潤滑油にしている唾液が、次第にはしたない音を立てる。口内で主張する熱さとかたさが増すたび、私は行為に貪欲になっていった。
「……、ぅ、」
彼が時折漏らす吐息や声がもっとほしい。どんな表情で声を荒げているのか見てみたい。舌を裏筋に這わせて頬の内側でそれを絶えず扱く。気づけば私も髪が乱れるのも構わず息を荒げていて、彼を気持ち良くすることに必死になっていた。ちら、と彼に目を向けたのと、彼の両手が動いて私の頭を支えたのは同時だ。
「っ、は、えっち。誰に……」
きちんと声が聞こえたのはそこまでだ。両手に髪をかきあげられて、ぎゅっと耳を塞がれる。彼が続けて言った言葉を聞き返す余裕が失われたのは、脳内にぢゅぽちゅぽといやらしい音がこだましたからだ。彼は私を無理矢理動かすことはしていない。ただ、耳を塞いでいるのみで、その音は私が彼にほどこしていることで発せられているのだと気づいた時、一気に顔に血が上った。
「ん゛、んん!」
赤い双眸が私を見逃すまいとしながら、口角が緩やかに上がっている。口からそれを抜こうとしてもそれだけは止められてかなわない。窄めた口内が自ら招き入れた彼のものでいっぱいになって、深く往復させるたび、唾液がたてるひどい水音が脳を犯した。は、と口のかたちで彼が息を吐いて、一瞬天を仰いだ首筋にいつのまにか汗が伝っている。手を置いていた太腿が震えたので、もう少し、と思ったところで、ぢゅぱ、と音を響かせてそれが引き抜かれた。
「も、っ、いい」
手が耳から離されて、彼が身体を起こす。
「……やだ」
ついそんなことを言った。一度彼をいかせてしまいたかったのは、完全に私の欲のためだ。もう一度咥えようとすると強く腕を引かれて、身体がひっぱりあげられる。すぐに再び耳が塞がれた。
「! んん、む」
唇が重なると舌先が簡単にすべり込む。溜まっていた唾液でわざと大きな音が立てられて、ちゅくちゅくと脳内に響く音になすがままになる。
「ん、ぇ、……や、じゃないの……?」
唇が離れた時に思わず問うた自分の声が、甘えた音で脳内に響く。豊前さんは質問の意図が読み取れなかったようで、簡単に手が離れて「ん?」と返ってきた。
「キス、くちでしたから、いやかっ、! ぅ」
言い終わるのも待たれなかった。じっくり口内を味わうように蹂躙していく舌が柔らかい。
「そんなこと気にすんな」
笑んだ瞳が私を通して何かを見ていて、その違和感に慌ててもう一度口付けたけれど、あしらうように舌先が軽く食まれて離された。
 ベッドにいつの間にか放られていた四角いパウチを彼が手に取る。それをもらって自ら封を開けたのは、元からそうするつもりであったからだ。
「……つけてくれるん」
「うん」
それを口に咥えて、そのまま口内へ彼のものを押し込むと同時に唇をすべらせて巻き下ろす。ゴムの化学的な匂いがして、ほんの少し感じられなくなった熱さが惜しい。数度往復させて唾液を纏わせてから彼の上にまたがると、彼が私の腰を手で支えた。
 それを入口にあてがう。指で確かめたそこは、ひどいくらいに濡れていた。ぐ、と押しつけるとみるみるうちに身体が呑み込んでいく。
「ぅ、っ……」
腰を支えられる手が熱い。けれど、それ以上に、ゆっくりと入り込むそれが中をひどく押し広げて、熱い。ずいぶん久しぶりに他人のものを迎え入れたそこは、彼のものの大きさも相まって狭く感じた。息が詰まる。暴かれていく感覚に身体が震えて、すぐに動くことすらできない。腰を落としきると、これからもっと快楽が増幅される予感が身体を襲った。力が抜けない身体で彼の肩に頭を預ける。──唐突に豊前さんが私の顎を掬った。じっと、目を合わせて覗き込まれる。
「……っ、は、」
その動きに、”息を吸う”ことを思い出す。
「ん、えらい」
止まっていたらしい呼吸が肩を上下させる。ひとつだけ落とされる唇を受け止めると反射のように身体が弛緩して、苦しさの上に快楽が上塗りされた。するりとなぞられた背が浮いて、腰が揺れたのを皮切りに、少しずつその動きが止められなくなっていく。彼は無理に突き上げるようなことをしなかったので、私の幼稚な動きではきっと決定的な気持ち良さは得られないだろうと思うのに、様子を伺ってみても私の動きを見つめているだけで、動き出そうとはしない。
「ん、う、ふ、ん」
ひとりだけ気持ちよくなってしまうのがいやだという理性がまだつなぎ止められていた。けれどその気持ちよさを逃がそうにも、だんだんと慣れていく中が、自分の身体がそれを許さない。かくかくと揺れる腰が次第に動きを大きくしていく。
「ぶぜ、さん」
私を見下ろす赤い瞳の熱量に溶かされてしまいそうだった。時折くすぐられる耳や首筋、胸元が身体を跳ねさせて、私の動きを大胆にさせる。
「ひぅ」
陰核が肌に擦れるのが気持ちよくて前後に動かしていた腰が、中のいいところに触ったことでついに動きを変えた。明らかに変わった水音すら追い求めるように腰を動かしていると、豊前さんの眉間にしわが寄る。情動を押し留めているような仕草にうれしくなった。
「ぅ、あ、んんん、っ」
きゅう、と中が締まる。動かされていないからこそ彼のもののかたちがはっきりと感じられた。その全体を味わうように腰を落とす。奥を押さえつけて揺すると、身体の汗腺が一気に開くような感覚を覚えた。
「う、あ、ああ、っ、きもち、い、!? っ! あああ!」
「ん、く、」
きゅっと締まった中に目の前で喉が鳴り、急に思い切り彼が突き上げる。思わず彼の身体に力いっぱい抱きついたけれど、そのようなことなどお構いもなく彼の動きは止まらない。
「ぶぜ、さ……? っ、! あ、そこ、やっ、き、もちっ、ん゛!」
上下に揺さぶられながら頬を掴まれて、蹂躙されることなくただひとつだけ口付けられた時、それが”ご褒美”だとすぐにわかった。彼は、私が言葉で快楽を認めるのを、待っていたのだ。
「ん、ここ、いい、な」
唇の先でのささやきはやさしく甘い。甘やかされた感覚が理性も身体も蝕んでいく。
「う、ん、きもち、っ」
奥を押さえつけて先端がぐっと膣壁をなぞる。腰が揺れると陰核が彼の肌に擦れて、二重に快感を呼んだ。「きも゛、ちい、」ちゅ、と褒美が与えられる。「ぅ、んん、きもち、いっ」彼の動きに合わせて腰を押し付けていると、中がきゅんきゅんと収縮しだした。私が素直になるたび、豊前さんが的確に弱点を攻めて、私に唇を与える。次第に呼吸が足りなくなって、はー、はー、と熱い呼気が抑えられない。気持ちよさと酸欠で頭がぐらぐらした。それなのに、まだ足りないと身体は高みに昇っていく。このままもたらされる法悦を知りたい。「っ、きもちいい」水音と、肌を叩く音がひどくなる。
「あ゛、あっ゛、あ、あ、ぶぇ、さ、っ!」
彼の名前を呼ぶと私を掴む手に力が入った。ためらいなく腰を振れば彼も吐息が漏れる。気持ちいいと伝えると、必ず口づけてくれた。身体的な快楽を享受して発露するたびに、同じだけ彼が認めて返してくれるのが精神をも満たしていく。きもちいい。豊前さんが私を満たしてくれるのがうれしい。きもちいい。もっと、もっと。
 喘ぎ声にそれが言葉として乗せられそうになった時、何かに気がついたように、ぴたと豊前さんの動きが止まる。どうしたのだろうと物足りない身体で首筋に甘えてみても、顔が部屋のドアを向いたまま何かを探っている。
「……誰か帰ってきた」
誰か、という言葉に、そもそもここが、おそらくシェアハウスの一室であることをようやく思い出す。どろどろにとろかされている頭ではそのような気配など拾う余裕もなかったけれど、彼には何か感じ取れたらしい。
「え、っ、……ほんと?」
「足音がする」
「っ、」
言いながら彼は私を抱え直す。これで終わりにするかもしれないのに、すぐには熱がひかずに揺れ動く身体をどうしよう。
「……やめる?」
恐る恐る聞いたことに視線が戻ってくる。
「悪い」
これから身支度をして家に帰るという現実的なルートが瞬時に頭をよぎるものの、この持て余している熱をうまく冷ませるのか自信がない。かといってさすがにこのまま続きをねだるわけにもいかないし、努めて平静に力を抜くようにして身体を離した。震える脚を叱咤してそれを抜こうと腰を上げる。ぬち、と音を立てる、まだかたいそれを、最後までできなくても、せめて口で、
「ひゃあ!!!」
突然突き抜けた感覚に驚いて大きな声が上がった。
「あ゛、ぁあ゛、っう゛」
がくがくと身体が震える。まぶたの裏でばちばちと明滅するものが見えて、手を置いていたものに縋った。
「う、っ゛、っあ、ぅ゛」
呼吸のたびに濁った声が漏れている。身体的な痙攣が声帯を揺らす。
「っぐ、……違うやろ」
彼の低い声が耳元でささやき込んだ。ついで肌に舌の這うささやかな動きに背筋が反る。
「ひぅ゛、っ、ぃ゛あ、あ」
執拗に首筋に舌が這わされて、吸われる。痺れた感覚が沸き起こり、それ以前に身体中を渦巻く同じような感覚から逃げられずに身を捩った時、ようやくそれが悦楽のためだとわかった。それが突然突き抜けたのは、急にいいところに彼のものを叩き込まれて、一瞬のうちに身体が極めたからだ。身体の状況も把握できない私のことなど放って彼は動きを止めることがない。断続的に快感を与えられ続けて、私は極めた淵から降りられなかった。
「誰も、やめるなんて、っ、言っちょらん」
「っっっ゛゛!!!」
がつん、と奥だと思っていたところのさらに奥まで突き上げられる。あまりの衝撃と快楽に声すら失ってしまった。目の裏の明滅を追ううちに腰を掴まれて引き寄せられて、ずるりとシーツが背をなぜたことでいつのまにか身体がベッドに転がされているのだと知る。吸っているはずの呼吸が、喉の奥で引きつってうまくできない。割って入った脚の間で彼が腰を捉えて容赦なく突き入れた。
「っ!!! っぁ!!!」
「っ、う゛」
彼が私の肩を掴んで唸る。硬い瞳に見下ろされて、ぼろぼろと目尻から下る涙の筋が、こめかみで冷える。許容量を超えているのに快楽を与え続けられると、身体が勝手に逃げるのだと頭のどこかが知らせた。彼はそれを許さないように私の肩を掴んでいたようだけれど、まどろっこしくなったのか体重をかけて押しつぶされるので、もう彼のいいように身体を明け渡すしかない。身体の力を抜くということも思い付けず、彼を止めるような言葉すら失って、私にはもはや彼のしっかりした身体をぎゅうぎゅうと締めるしか許されていなかった。押しつけられた肌が汗ですべる。抑えきれない彼の声や吐息が漏れ聞こえていて、それすらも身体を支配した。
「ぶ、ぇぅ、さ、っ、ん゛、ゔぅ、ゃら゛、や゛! あ゛ぁ」
「ぁ、っ、は、はは、いや、でいいのか?」
ようやく取り戻した声が絞り出した言葉の意味を、彼に問い返されるまで理解できていなかった。彼が身体をほんの少し離す。ちらちらと長い前髪に見え隠れする赤い熱がしっかりと私を捕らえて、流暢に私の言葉を促した。
「だっ、れ、も、だめ゛、ら、の、っ! い゛っ、てぅの、っ!!!」
「ん、わかるよ。ずっとイっ、て……ぎゅう、っ、ぎゅうに俺の、締めつけて、っ、そーとー、っ、」“きもちいい”。
掠れた声で言葉が私に伝わる。音の振動が鼓膜を震わせた瞬間に、身体がぶわと浮いた。
「ん゛ん! イ、っ!!! ゃ! きも、ち゛、ゃあ゛!!! ぶ、ぜ、さっ!」
私を懐柔するためのキスに、呼吸が間に合わず応える余裕もない。触れている肌のそこかしこが全て欲に変換されるような有様で、彼に泣きながら縋りつく。
「ん、  っ、きもち、な」
呼ばれる名前にこれ以上なく快楽を増幅させられて、それに逃げを打つ身体を彼が押さえつける。重い、くるしい、あつい。どうにかなってしまいそうというよりも、もうどうにもならないくらい犯し狂わされてしまっている。
「う、ん! は、また、い゛く、きもち! いっちゃ、ぁ! ぅ、うぅ、っ! !!! ゃ゛ら、やぁ゛! くるし、いった! っ、い゛った゛の、いっ゛たから、ゃ゛!!!」
じゅこじゅこに出し入れされているそこは、それでも彼の膨らんだ熱を呑み込む準備を整えて、快楽に擦り切れそうな神経を無視して賤しく待っている。
「も、っ゛、俺も、イきそっ、やけ、っ、そんな、いや、なら、っぐ、抜こうか?」
それが与えられると聞いて、頭ではもうほしくないのに、もう受け止められないと思うのに、ずくん、と下腹が重く締まる。やめると言われると、身体がせつなさにわなないた。
「……どう、する?」
私が喘ぐばかりでねだることもできないから、やめるか、と、かれが言う。わたしをこんなに、しておきながら。からだがもどれなくなるほど、きもちよく狂わせて、おきながら。かれだって、ほんとうは、やめられるはずなんて、ないのに。
「  」
よばれる名前がきもちいい。耳をかまれるのがきもちいい。ねぶられている舌があつい。きもちいい。いやらしい、音にすらも犯される。こんなにきもちがいいの、しらない。それなのに、いちばんきもちいいものを、くれないなんて言って、わたしを、ゆさぶって。
「あっ、ああ、」
途端に鼻の奥が熱くなって、生理的なものなのかそうでないのかわからない涙が堰を失って止まらなくなる。それに気がついたのか押しつぶされていた身体は解放されたけれど、それは私を慰めるためでも、焦って行為を終わらせるためでもなくて、熱に自身すら溶かしてしまったような瞳で、私を攻め落とすためだった。動きを止められたからだが、次第にせつなさを増していく。もうくるしい、待ってほしいと思っていたはずなのに、そうでないのだと身体が主張を始める。ひっ、としゃくりあげた呼吸が、本格的に泣きに入って身体をぶるぶると震わせた。
「や、ぁ゛、ひぅ、ぅ、くっ……なんで、っあ、やだやだ、いじわる、」
あとからあとから涙が溢れるのに、じっと咥え込んでいる中のうごめきが止まらない。余韻に動いている腰が些細なところにあたっても気持ちがいい。目の前で彼の肌を流れていく汗とゆるやかに呼吸する身体は毒でしかなく、それを煽ればきっと私の身体は戻れなくなる。「ぶぜんさん、」私を赤い視線で縫い止めながら、「ん」答えてくれる喉仏が上下する。ひどい。ずるい。私ばかりぼろぼろに泣かされて、彼によって快楽に従順に躾けられていく。彼もきっともう後戻りができないくらい気持ちいいのだろうに、わたしばっかりがまんができない。
「も、ゃら、っく、やめないでぇ、っっ、……ぅ、ぁ、ちがぅ、……ゃじゃな、ひぅぐ、の」
彼の手が輪郭を這って、涙で濡れた親指が唇を強くなぞる。半開きのそこから指が侵入して、歯を撫でて、舌先にも当たるとその悦だけでまた涙が溢れた。ひとりで腰を揺らしていても、ひどく浅くて物足りない。
「ぇ、きもち、のっ、ゃじゃな、から、ねえ、っ、も、つらぃ」
彼は気づいているのだろうか、私のぼやけた視界の先で、赤い瞳がずっと弧を描いているのを。獲物をどうしていたぶって食そうかと、見定めている獣の瞳をしているのを。こんな表情の彼にすがったらもっとひどいことになるとわかっている。でも、わたしはこのひとにねだるしかない。わたしに苦しさをもたらしているのはこのひとだけれど、それを救ってくれるのも、彼でしかないのだ。ついに口元を弄ぶ手すらも取り上げられそうになって、必死に腕に縋り付いて抱きしめる。その瞬間に満足げに口角の上がった表情が、暴力的に色と艶を増した。
「ひっ、〜〜〜っっ! ぁ、ひどい、ぶぜ、さんっ、なんれ、っ、も、ほしい」
身体を抱くと胸の谷間に腕がはさまって、それだけでも遠くには気持ちがいいけれど、なにひとつ満たされない。いっぱい動いてほしい。いっぱいきもちよくなって、それで、いっぱいきもちよくしたい。もうがまんできないのに、こんなにほしいのに。
「いっぱい、シてっ、ぅ、ぶぜさ、も、きもちく、なろ? も、ね、いや、って、いわない、からぁっっ〜〜〜っっっぃゃぁぁぁ!!!???」
「ぅ、っく、」
入ったままだった彼のものを、そのかたちに締め付ける。ぱた、と胸元に彼の汗が飛んで、背が丸まった。見えていた視界が光に白んでいる。
「……は、自分の指で、胸でイったな?」
私が抱きしめていたはずの彼の腕が、私の手ごと握り込んで、両胸の先端を強く摘んだ。
「ぇ、っは、……? ? ちがぅ……? わたし、? ぅあ!」
こんなことでイけるはずがないと思うのに、ぎゅう、と乳首を摘まれて再び快感がせり上がる。
「へえ? じゃあこれはただのおもらしか」
「あ、……ぁ゛、っ、うそ、やだ、ぁ、わたし、そんな、ぃや、っぁあ!」
私に痴態を見せつけるためだけに彼が一度引き抜いたそこが、ひどい水量でしとどに濡れている。いやらしい体液の匂いが鼻に届いて、そんなことができるはずがない、と同じような言葉が頭の中を反復したのに、それを強制的に覚えさせられるようにもう一度つねられた。「ゃあ゛ああ」今度は自覚がある中で、何も咥え込んでいないそこがぬるいしぶきを押し出すのを感じる。
「”いや”?」
「……っあ゛、ごめ、なさ、ぅ、ゃじゃな、っ」
そこで私は自らの過ちを悟った。覗き込まれる瞳に言葉が足りていないとすぐに気がついて、慌ててそれを口にする。
「……あ、……いっぱい、きもち、い、です……!」
「そうだよな。やらしくイけてえらいな」
「うん……!」
待っていれば思った通りにキスをしてもらえて、無邪気にうれしくなった。すこん、と何かが抜けたように素直になってしまって、身体の中で熱が飽和して溢れてくる。下腹に押し付けられて擦られているそれを手で迎えにいくと、すぐに感覚が戻って物足りなくなった。びたびたに濡れてしまっているそれを、そうしてしまったのは自分だと思うとたまらない。
「ぶぜんさん、っ、も、きもちく、なって」
ゴム越しのそれは、膜を感じさせないほど熱く、かたくなっている。手と腹にこすりつけているそれが、すぐにそのまま極めてしまいそうで、私は慌てて彼に懇願した。
「これも、っ、十分にきもちーけど」
「ぅ、そんな、わたしで、イって、っ、いっぱい、ほし、のに」
彼の腰の動きが早くなっていく。下腹がそれによって押さえつけられて、私の身体も間接的な刺激に勘違いをしている。このままこうして与えられずに終わってしまうだろうか。なにも考えられない頭ではそれがいやで、悲しくてたまらない。
「……なあ」
息の上がっている彼が、不意に動きを緩めて言い淀んだ。綻んだ入口にその先端をあてがわれる。首筋に顔を埋められて、私から見えるのは、彼の刈り上げられた襟足だけだ。
「……ん、?」
「……今日のこと、なかったことにするなよ」
どういった意図なのか、私には読みきれない。けれど初めて聞くような、心細い声に、それは私の台詞だとか、こんなにされて忘れられるわけないだとか、すべての言葉を吹き飛ばされる。
「……もちろん、っ!」
私の返答に、彼のものがすぐに身体のなかに戻ってきた。今度こそ彼も余裕がないのか、すぐに、ばつばつと容赦のない動きで穿たれる。
「ん、っ、あ、ぶぜ、さん、っ! それ、きもちい゛、っぅ、もっとっ!」
「うん、っ、は、ぁくっ、きもちい、な」
口づけの代わりに首筋に唇が寄せられる。手で胸を包まれて、大きく出し入れされるそれが奥をこね回す。熱くて苦しくて気持ちの良い多幸感が全身を駆け巡っていく。
「っああ゛、あっ! はげし、も゛、むり、イ゛っちゃ、っっ! ぶぜんさんっ」
「すき」と、なぜだか口走っていた。もう耐えられないと全てを手放したその時、言葉が脳を通らずに抜けていく。すき、? 彼に恋をしている自覚なんてものもなければ昨日までとくべつに仲の良い人でもなかったはずなのだから、なんという浮薄なことをと思うのに。
「あ゛っっっ……っ!!!!!」
その言葉を聞き届けた彼が、ひどい、と思われるほどに容赦無く私の身体を突き上げた。強く暴れる身体を快楽から逃すのを許さないとでも言うように抱きしめる力も強まっていく。口にした言葉に自分がいちばん驚いたものの、ぐらぐらとした恍惚の中で言語の意味はすぐに押し流されてしまった。
「っ、はっ、っぐ! ばか、っ、誰と勘違いしちょん、っ」……この浮気者。
「ひっ!!! い゛たい、あ、あ゛ぅ」
囁かれた言葉はかすれて低い。ばちばちと弾ける感覚の中で、首筋に走った痛みすらも快楽に変わる。中がぎゅんぎゅんと収縮してもう無理だと受け止められないと思うのに、あれだけ合わされていたあの瞳を見せてくれないことに寂しさが募って、必死に彼に縋り付いた。
「ぶぜさ、あっ! き、もちい? っ゛、すきっ、もっと、っ、いっぱいっ……っっ!」
もう何をどう喘いでいるのか、それとも呼吸が止まっているのか、自分では把握すらできない淵にいる。彼のものがぐっと中を押し上げてこれ以上ないほど質量を増す。
「っは、あ゛、くそっ! イく……っ!」
「ぅっ!!! は、ぁ゛……っっっ! ぅ゛あ゛、あ……!!!!!」
がちゅん、と突きつけられて彼が達した。痙攣する身体を押さえつけられながら、それを奥へ奥へと押し付ける。そのまま首筋を強く食まれるので、今わたしは、彼に捕食されるのだとぼんやり錯覚した。

 次第に呼吸が収まっていき、彼の噛んでいた首筋がいたわるように舐められるのでくすぐったい。ゆっくりと身体が離されて抜かれると、どろり、と中から自らが分泌したものが溢れる。彼が自らの処理をして、隣に横たわった。そこで久しぶりに少しは落ち着きを取り戻した彼の瞳と目が合うのが恥ずかしい。言うべき言葉がなにひとつ見つからず、双方の間に落ちた沈黙に、そこで急に彼の温度が恋しくなって手を伸ばした。指の先を摘むとそれで安心を得たのかどっと身体に疲労が落ちてきて、──一瞬意識が飛んだらしい。はっと取り戻して目を開けると穏やかに彼が微笑んで、私の身体を引き寄せる。
「悪い。思ってた以上にかわいくてつい……、無理させたな」
「そんな……」
それで言い淀んだはずだった。「きもちよかったからいいの」と自分の声が紡いだのは意識の浮沈が制御できなくなっていたからだと思いたい。「……はは、少し寝ろ」「……でも、……帰らなきゃ、迷惑に……」「いいから」あやすように彼が頭を撫でる。
「……キス、最後にもっかいだけしてもいいか」
とろとろとした意識の中に彼の声が流れ込む。今更そんなこと聞かなくったって好きにしていいのに、と思ったものの、彼とは恋人でもなんでもなかったのだと、その時ふたたび頭に蘇った。それがどうしてか胸に迫って、自らの軽薄さに居心地が悪い。
「うん、して。……したい」
赤い瞳が私を捕らえる。その瞳をぼんやりと見つめ返しているうちに唇が寄せられた。じっくり、ただ合わさるだけの長い口づけに安らいでいく呼吸が聞こえる。「……起きたら夕飯かもな」なんて笑う彼に焦って言い返したような言い返さないような。とにかく力が抜けた身体はその体温の中で意識を失ってしまった。

   六

 目を覚ませば見事に冬の陽は沈んでしまっていて、起きたところでお風呂に連れ込まれる。シーツに洋服や下着までが洗濯に回され(乾燥機がついていたものの、その時間だけお風呂から出ることがかなわなかった)世話を焼かれて、当然のように夕飯をともにする(桑名さんが私の分まで見越して作っていたのだから恐ろしく恥ずかしい)。その席で、松井さんとこてぎりさんという他の同居人の方にも紹介されてしまえば、昨日の桑名さんと同じような、私を知っていたらしい反応をしたのが不思議だった。彼を顧みてもその理由はわからずじまいだ。その後も帰るタイミングを測っていたものの、なぜだかあれやこれやと四人からずるずると引き止められいつかされて、結局そのまま豊前さんの布団に引き摺り込まれれば、甘やかされてほぐされて明け方に疲れ果てて気を失うように眠る。再び彼の腕の中で、身体の重さを感じながら目を覚ましたのは昼すぎだ。「おはよ」と清々しく笑っている彼のすべらかな胸板を起き抜けに「ばか」と叩いたのは許されてもいいはずだと思う。
 ようやく身なりを整えて、眼鏡が返されたのはその後だ。駅まで送ってくれたのは豊前さん自身で、彼がバイクを趣味にしているのもこれまで知らなければ、私自身バイクの後ろに乗ったのも初めてだった。明るい中で見るその家一帯はやはり畑に囲まれていて、駅に近づくに従って建造物がほんのわずかに増えていく。もう一昨日になってしまったあのバーを過ぎて駅前までの距離は思っていたよりも近く、この二日で彼に絆されてしまった心に名残惜しさが募る。
「到着」
「ありがとうございました」
駐輪場でヘルメットを返すと、バイクを降りた彼は当然のように私の手を掴んで歩く。このまま改札まで送ってくれる気だろうかと歩いていれば、駐輪場の入口で不意に彼が立ち止まった。
「無理やり連れてきて悪かった」
顔を伺えば心細そうでありながらまっすぐな声で彼が言う。こういったことには手慣れているのだと思っていたけれど(実際そういうことにはかなり手練れであったが)、それを覆しそうなほど、よっぽどその発言は初心に聞こえる。例えば私をこのまま都合のいい関係性に置いておくとするなら、それに敢えて触れることは悪手であると私にすらわかるのに。
「そんなこと……着いてきたのは私ですから」
返答に迷ったらしい「うん」の一言に、「……後悔していますか?」と聞いてしまったのは自然なことだ。
「そんなわけないちゃ!」
うまく躱すだろうと思ったことに、誠実に即答した声が焦りを滲ませていた。その返答に驚いたのはむしろ私のほうだ。見え隠れするように思える彼の感情に、あの豊前さんが、たかが私にどうこう思いを寄せるなどとそんなこと、きっと、なにかの思い違いだろうと信じた。きっと今の私と同じ、彼もまたなにかこの二日の時間に絆されているに違いない。
「それならうれしいです。……それだけで私はじゅうぶん」
彼の手を引いて歩き出したのは、それ以上の言葉を避けるためであった。一時の過ちにしてしまうにはいささか時間が長いけれども、そうして片付けてしまった方が後腐れがない。絆されているだけ、と今も自分に言い聞かせているものの、あんまり色を向けられると、彼の好印象の手前には私の心など無力なものだ。──私はきっとほんとうに彼を好きになってしまう。彼の心が私に向けられることを望んでしまう予感が心のどこかにあって、それから目を背けたかった。この自由ともいえる人が私に入れ込んでくれるはずなどないのだから、そんな心を持ってしまったら最後、涙を呑むしかない。そして私はもうおとなだから、そんなことに耐えられるほど、色恋への余裕を持つことはきっとできない。
 彼はそれ以上何も言わなかったけれど、握り締められた手のひらの力は強かった。意外な彼の行動に私の方がかき乱される前に、改札に着いたのは運が良い。
「じゃあ、また。……明日? 会社で」
「うん、またな」
するり、と離れた熱があっさりしていたので、もしかしたらこれも彼の手管のうちなのかも、と意地悪く思ってみるものの、落とされた彼の声に鼓動が早まる。ひらりと振られた手に手を振り返して改札をくぐった。後ろ髪を引かれるけれども振り返るのはまずいと足早にホームへ抜けて、ちらと視界の隅に写った改札の向こうに彼の影があるように感じるのをやっとの思いで目を逸らした。

 家に帰る電車は空いていた。足下の暖房が暑く、妙な体温の上がり方で眠気を誘う。うつらうつらとしていると、目の前にこの二日で散々馴染まされた手のひらが差し出されて頬をなぞった。暗い中でこちらを見据える赤い瞳に甘えそうになって理性で身体を引けば、がくん、と頭が揺れて意識が飛び起きる。なまなましい夢だ。それから自宅の最寄駅に着くまで幾度となく船を漕いでは同じような夢に息を呑んで起きるのを繰り返した。
 眠気の抜けない身体を引きずって帰り着いた我が家はかなり懐かしく、それなのにどこか冷たい。まだ宵の口であったけれど、明日の仕事に備えて今日は早仕舞いをしようと支度をする。つめたいごはんで適当な夕飯を食べて、シャワーでお風呂を済まし、ようやく一息いれても違和感のある身体が彼の名残を私の家へ持ち込んでいた。自宅であるというのに感じられる居心地の悪さに、早々に冷えた足先をさすりながら布団に潜って身体を縮こめる。目覚ましをかけようとスマホを持ち出す。平日の日常へ向けながらそれを設定して、そうしてはじめて、彼の連絡先のひとつも知らないのだと気づく。

2021.06.27

 ●